ステイフーリッシュという馬

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ステイゴールドという馬がいた。

ステイゴールド | 競走馬データ - netkeiba.com

現役時代はG1レースで勝ちきれないシルバーコレクター、ブロンズコレクターとして名をはせた。

が、現役50戦目(これは一流競走馬にしてはそうとうな出走数だ)にして、香港遠征でついにG1を勝った。それがステイゴールドの「黄金旅程」(香港での現地馬名)の終わりだった。

いや、始まりだったのかもしれない。種牡馬となったステイゴールドは、次々に活躍馬をターフに送り出した。うそみたいにG1勝ち馬を出した。ステイゴールド自身は良血馬であったが、それにしても現役時代にG1を勝ちまくった馬でもなかなか残せない成績だ。まあ、ステイゴールドも香港G1以外にドバイでファンタスティックライトを撃破したり、十二分に強い馬だったわけだけれど。

そんなステイゴールドの子にステイフーリッシュという馬がいる。

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おれがこの馬に注目したのは、デビュー2戦目でG1のホープフルステークスに出てきたときだ。17頭立てで8番人気。デビュー戦を勝ったばかりなのでまだ未知数というところもあり、それなりの評価はされていたということだろう。とはいえ、上位人気になるほどでもない。それに、鞍上が中谷だった。中谷という騎手は、控えめに言って買いたくなる騎手ではない。

それでもおれは、この馬に目をつけた。3着くらいならあるんじゃないのか。なぜ目をつけたのか。誕生日が自分と一緒だったからだ。

そして、このレースでステイフーリッシュは3着した。デビュー2戦目、鞍上は中谷。上々じゃないか。おれはステイフーリッシュが好きになった。

明けて3歳、クラシックレースと呼ばれる皐月賞日本ダービー菊花賞を走る年齢だ。その春、ステイフーリッシュはG2京都新聞杯を7番人気で勝つ。おれは儲けた。

が、その後、本番となると日本ダービー10着、秋の菊花賞も11着とG1ではふるわなかった。

しかし、そこで終わる馬ではなかった。きっとダービーは出走間隔が厳しく、菊花賞(3000m)はちょっと距離が長かったのかもしれない。2000mあたりのG2、G3に主戦場を移したステイフーリッシュは……2着や3着を量産した。馬券はとったり、はずしたり。

それにしても、ひょっとして。父親のステイゴールドの血をもっとも色濃く受け継いだのは、この馬なのではないか。父親はたまにG2くらいは勝っていたのでそのスケールを一回り小さくした感じ、ではあるが。

先週行われたG2アメリカジョッキークラブカップ。得意の中山、得意の2200m。去年2着しているレースだ。昨秋に軽い骨折をして少し休んでいたが、少し間隔を開けた方が走るタイプ。おまけに少し瞬発力に欠けるこの馬にはありがたい不良馬場。これは久々の勝利があるんじゃないのかと思った。いや、少なくとも3着はある。おれは馬券をしこたま買った。

先行するステイフーリッシュ。悪くない位置取り。が、3〜4コーナーにかけて、ジョッキーの手が激しく動き始める。周りの馬についていくのに精一杯に見えた。「こりゃああかん。休み明けまだ仕上がってなかったのか、さすがに馬場が悪すぎるのか。こりゃあ大敗だ」。

おれはそう思った。そう思ったのだが、ステイフーリッシュは走るのをやめなかった。ずるずると後退することなく、不良の馬場を一生懸命走った。走った結果、4着だった。3着じゃなきゃ馬券にならんのよ。でもなあ、やっぱり根性あるわ、よう4着に来たよ。だから応援するのやめられんのよな。

さっきおれは、父親のスケールを一回り小さくした感じ、と書いた。でもなあ、まだだ、まだわからん。父親も晩成だった。50戦してG1を勝った。ステイフーリッシュはまだ23戦しかしていない。まだ半分以上チャンスは残されている。ステイフーリッシュの旅はまだ終わらない。