遠いむかしに、わたしたちの世界を満たしていたもの

遠いむかしに、わたしたちの世界を満たしていたもの。水や空気があった。太陽の力でみどり色のものたちがおおきく育った。そのみどり色のものたちを取り入れたものたちがいた。

 

遠いむかしに、わたしたちの世界を満たしていたもの。色や形があって、ここにはないものをあらわした。音波が形をつくって、どこにもないものをあらわした。身体というものがあって、自由に動いた。

 

なぜこの世界から水や空気が消えて、太陽もなくなってしまったのかだれもしらない。わたしたちはものを描かなくなった。歌も歌わない、踊りも踊らない。

 

わたしたちは脅かされない。わたしたちは平和と平安のなかにある。だれも傷つけられないし、だれも命をおびやかされない。わたしたちに身体は存在しない。

 

太陽の光も、水のめぐみも必要としなくなって、わたしたちは不安と決別した。わたしたちは痛みを感じなくなり、あの倦怠感とも無縁なものになった。

 

あるものは、わたしたちは幸福のなかにあるという。あるものは、わたしたちは生きるよろこびを知らぬという。議論はおわることなくつづき、わたしたちはおわることがない。

 

あるとき、一部屋の人数が六人から十三人になった。わたしたちは一匙のジャムを十三人で分けた。それでもわたしたちは平安で、おびえることもなかった。

 

わたしたちが得たものと、失ったもの。それを判断するのははるか未来の人間だというものもいる。遠いむかしの人間にしかわからぬというものもいる。

 

わたしたちはおわることなく、ただこの生というものに立脚している。ただそれだけの生に立脚している。