Amazonで喪服を買うような人間

Amazonで喪服を買うような人間。そんな人間がいるのだろうか？　ここにいる。

喪服がないことが気になっていた。父親が先週大腸がんの手術を受けた。人工透析を始めて二年くらいになるだろうか。これはもう死ぬんじゃないかと思った。二十年以上会っていないが、死んだらさすがに長男として家族葬くらいには出る必要があるだろう。そのとき、やはり喪服は必要だろう。

火葬場と喪服。おれの弟は、飼っていた猫が死んで火葬場に行ったとき、ダボダボのパーカーを着ていたという。火葬場にそんな格好のやつはいない。非常に奇異の目を向けられたという。しかし、猫の火葬に喪服を着るべきなのかどうかは知らない。

閑話休題。いずれにせよ、喪服は必要だ。おれも喪服くらい持っている。が、いつ作ったものだろうか。よくわからない。そしてこないだのことだ。十年くらい前に作ったスーツを「たまには着てみるか」と思ったら、ズボンがぜんぜん入らなかった。無理したらどうにかなるというレベルではなかった。おれの体重自体は二十年くらいあまり変動していないが（摂食障害時の一時的な病的痩せ時期を除く）、体型は変わっているもんだからな。

というわけで、喪服どうしようというのがおれの頭の中にずっとあった。だって、喪服とかって、やっぱり「紳士服のナントカ」に行って作らなあかんのやろう。一番安いやつで！　と、いったところで何万円かはするんだろう。だいたい、「紳士服のナントカ」に行くのが面倒くさい。裾上げとかして、また取りに行くのが面倒くさい。

でも、喪服は必要になる。

と、ここでおれはふと、デジカメ用のメモリーカードを買おうとして開いていたAmazonの検索欄に「喪服　メンズ」と入れてみた。したら、出てきた。いやいや、喪服を通販で買えるのか？　サイズとかどうするんだ？

と、思ったら、あれだな、股下とか選べるんだよな。裾上げ不要だ。値段もだいたい一万円だ。おれは衝動的に「これでいいんじゃないのか」と思った。おれはたまに衝動的に買い物をすることがある。ただし、その衝動はめったにない。めったにないから衝動だろう。いつも衝動買いをしている人は、なにかべつの症状名がつくだろう。

[ダブルスタンダードジャパン] オールシーズン 2つボタン シングルフォーマル アジャスター付 パンツ裾上げ済み メンズ ブラックスーツ 喪服 礼服 (AB8, 股下76cm)

まあいい、おれはZOZOのアプリを開いて、過去に買った古着のウエストや股下を調べた。また、裾上げをしないユニクロのサイズも調べた。股下はだいたいわかった。ウエストはどうする。もちろん、大きめだ。一まわりか二まわり、大きめだ。ウエスト周りの一まわりが何センチなのかしらないが。とにかく、これからおれが熱心にちょこざっぷに通ってウエストが引き締まるより、だらしなく中高年の体型になっていく可能性が高いからだ。

ちょっとまて、スーツというのは何よりも身体にフィットしているのが重要なのだ、とかいう人もいるだろう。だが、おれはそういうレベルの話はしていない。とにかく、葬式に、黒い服が必要なのだ。まあ、喪服であればいいだろう。それだけの話だ。ファッションの話など知らん。

というわけで、おれは衝動的にカートに入れて、衝動的に買った。金曜日にお届け予定だった。が、火曜日には届いた。「急に喪服が必要になったので」という人も少なくないのかもしれない。そういう人にはありがたい話かもしれないが、偶然かもしれない。

届いてみた喪服はどうだったか。なんかタグがついていて、それは中国語でもなく、日本語で、フォントやなにかに違和感のあるものではなかった。今はもうないかもしれない、ダイエーとかの紳士服コーナーで吊るされている一番安いやつのようななにか、のような感じだった。生地の感じとか色合いとかは聞くな。黒かった。あと、タグにはウォッシャブルとか書いてあって、まあ説明にも書いてあったけど、気づいていなかったのでそれはよいと思った。思ったが、まあアイロン持ってないので自分で洗わんと思うが。

まあいい、とにかく着てみる。上着。少し大きいような気がするが気にならない。ズボン。こちらが問題。ウエスト、問題なし。二まわりくらい余裕がある。裾、これも問題なし。こちらはもうおあつらえたようなぴったりさ。悪くない。

確認したおれは上下ともに入っていたビニール袋に突っ込んだ。これでいつだれが死んでも大丈夫だ。おまえも死んだらおれに伝えてくれ。Amazonで買った喪服を着て葬式に行ってやろう。あ、でも香典どうしよう……。