『獄窓記』山本譲司

goldhead2007-08-07

獄窓記

 アンモニアや汗の臭いがこびりついた使い古しの敷布団は、中綿が摩滅し、掻巻きよりも薄くなっている。それは、もはや重力も抗力も吸収することなく、硬い畳が横たわる体を絶えず突き上げた。寝返りを打つと、房内の空気が動き、新たな異臭が鼻をつく。夜具が放つ臭いと、備え付けのトイレや流しの排水口から湧き上がる饐えた臭いとが混じり合い、強烈な刺激臭がつくりだされ、独房中に瀰漫している。

 俺は獄中記が好きだ。それも、できるだけ現代のものがいい。だから、山本譲司の本も読まなければと思っていた。ずいぶん経ってしまったが。イーブックオフ、ハードカバー。
 山本さんは元衆議院議員。秘書給与流用疑惑で実刑判決。「カツラに流用」などと書き立てられた人だ。もう、事件のあらましなどすっかり忘れてしまっている。その実像はどんなものだったのか。これを読んではじめて知ったような気になった。むろん、書き手は本人、すべて飲み込んでいいかわからないが、やはりマスコミのいい加減さや、熱狂のでたらめさというのはあったに違いない。佐藤優の『国家の罠』(id:goldhead:20050602#p1)を読んだときにも、そう思ったが。あと、辻元清美の話はひどかったな。パニック状態とはいえ、やったことは卑劣と言わざるを得ないな。ちょっと評価下がったわ。評価していたわけでもないけど。
 ちなみに、本書を読むにあたって、著者=主人公の顔をどうしたか。どうしなくてもいいのだが、やはり思い浮かべてしまう。どちらかといえばやせ形であまりごついタイプではなかったはず。と、そこで頭に浮かんだのが、昨今マスコミ人気独り占めのあの絆創膏。頭の中で勝手に顔を流用してしまってすみません、赤城さん(あとからネットで山本さんの顔を調べたら、当たらずとも遠からずとか思った)。
 というわけで、辞めたてほやほやの元衆議院議員の先生がムショに入る。それを記す。これは面白い。文章も、上に引用したようにこなれない文学っぽさと、唐突な四字熟語、それもご愛敬(何を偉そうに)。描写は細かく、さすがの頭の良さを感じさせる。エピソードの量もさることながら、ちり紙、せっけん、食事。もう一歩突っ込んでもらいたかったが、まあそれは花輪和一のような特異な目がなければ無理だろうか。
 さらには、配属された場所が興味深い。寮内工場。心身障害者、痴呆、ヤク中などが働く工場。そこで同囚の世話をする係。工場とはいっても、もはやそこがどこかわからないような連中がいるところ。ああ、これってまさに見沢知廉が潜り込んだ(?)「パープー工場」のことじゃないか(パープーって言葉はこの本にも出てきたな)。
 そうだった、見沢知廉だ。俺が刑務所の中のことが気になりはじめたのも、見沢の話からだった。十年くらい前だろうか。別冊宝島の『囚人狂物語』。ちょっとした衝撃だった。とくに衝撃だったのは、次のような話だった。宮崎勤について、「警察官の言うことに従って現場検証できるようなまともな奴に、なんで精神鑑定なんかする必要があるのか」と。刑務所には、そこが刑務所であることが理解できない囚人、小学生ほどの知識もない囚人、シンナーで脳をやられ、小さな大名行列を見続ける囚人、どうして裁判を潜り抜けてきたのかわからない囚人がたくさんいたというのだ。これには軽くショックを覚えた。同時に、精神鑑定とか心神喪失ってなんなんだろう、と思うようになった。特定の大事件で大裁判団がついたときだけ出てくる、それってなんだろう? と。
 と、いうのはこの山本氏の扱う大きなテーマだ(ろう)。初めは『累犯障害者』の方を読みたかったのだが、あいにくこっちしかなかったのだ。けれども、こちらが最初の著書というし、刑務所の中のそこらあたりの実情も細かく書かれている。見沢が見たのと同じく、糞尿まみれの現実を。しかし、そのような実情、山本さんより先に、見沢が伝えていたはずなのだけれども、まあ、やはり元衆議院議員の威光か。けれども、刑務所に生きるよりない人たちの存在、というのはやはり山本さんが光を当てたものだろうか。障害者の囚人が語る次の言葉、日常接するマスコミからはあまり聞けない言葉。

「本当にそうかなー。山本さん、俺ね、いつも考えるんだけど、俺たち障害者は、生まれながらに罰を受けているようなもんだってね。だから、罰を受ける場所は、どこだっていいのさ。また刑務所の中で過ごしたっていいんだ」

 そういや、そうだ、元国会議員。これが囚人になるという落差。そこのところはどうか。というと、本人が「生来の楽観主義者」というように、どうもなんというかあまりすごいショックというのは無いように読める。人生修行の場、くらいの感じだ。むろん、刑期の短さもあるだろうけれど、この人の特質なのだろう。それで、看守には特別扱いしないでくれ、といい、同囚ともうまくやり、誠心誠意糞尿まみれで世話をする囚人からも深い親しみを抱かれ、異例の早さで進級し、最後は整列敬礼に見送られて愛する妻の車で刑務所を去る……となると、なーんとなく出来すぎの感じもする。
 が、俺、政治家って、とくに国会議員クラスに行くような人間って、そういうもんじゃねえかって想像する。哲学書を読み、内省的に……というふうに書いてはいるけれども、あまりそういう感じは受けなかった。ポジティブ、アグレッシブ、働かずにはいられない、しゃべらずにはいられない、そんな印象。間違っても、ジャン・ジュネのように悪と美の倒錯に行き着いたりはしない。まあ、そこが面白い。勝手な想像だけれども、刑務所がこの人の内部の深いところに、なにか大きな変革、価値の逆転とかはもたらしてねえなって。反省していない、とかそういうレベルでなしに。なんというのだろう、そりゃ、人生にとって無茶苦茶大きなことだし、悲劇も目の当たりにしたりして、でも、芯のところの、そこんとこの強さ、それを感じるのだ。やっぱその、政治家になるような人のバイタリティというのか、なあ。
 しかしともかく、そのおかげで俺は面白い本に出会えたし、彼が体感した刑務所の現状、障害者たちの現状、これをフィードバックすることは、日本にとって価値のあることだろう。災い転じて……などと軽々しく言ったものではないけれども、ともかく次は『累犯障害者』読もうっと。
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永田町って所は、野党であっても、立法機関というのは“権力”ですから、その《権力に酔う》ってところはあって、私は酔っ払ってしまったんですよ。他の議員の皆さんがそうかどうかはわかりませんが。

 持って生まれた資質もあるだろうけど、こういうところもあるんだろうな。

  • そういえば、寮内工場の先輩(?)として、清水健太郎の名が出てきた。シミケンだ。シミケンはやはり障害者の介護に一生懸命尽くしたという。ウィキペディアによると、四度目の逮捕は茨城刑務所というので、三度目の逮捕、初実刑のときだろうか? 検索すると、2chの過去ログがひっかかった。

http://natto.2ch.net/ihou/kako/994/994526482.html


302 名前: 名無しさん@_@ 投稿日: 2001/07/31(火) 09:50
男ですよ
逮捕時 川口→更埴警察(長野県)→未決 上田拘置所
分類 須坂→黒羽(栃木)使用所持・譲り渡し求刑2年6月
判決1年8月 未決通算90日 追徴金10万円 満期出所(柄受けに問題アリ)
長野の客に歌われたということです・・・
黒羽はマンガで面白かったですよ
おやじ連中も地元採用の農家のおじさんみたいなのが多かったし
そういえば、清水健太郎が障害者房の世話ヤキしてましたよ
ちなみに私自身は堅気なのでA級分類ということでラッキーでした!!