竜宮伝説の山の村

 ぼくの村には竜宮の伝説があった。世に言う「浦島太郎」の話に近いものだ。ただ、少しだけ詳細が違うし、むかしむかしの話というほど遠くない話のような気もするので、書きとどめておこうかと思う。
 ぼくの村は山の中にあった。村には二人の村火消の兄弟がいた。ふたりとも筋骨隆々のたくましい若者だったという。ただ、なにせ狭い村の中では大火事など起こりはしないし、木こりの仕事の手伝いなどしても、満ち足りることはなかった。
 ついには粗暴な様子を見せるようにもなってきて、村人が長に相談することになった。村長は、「ちょっと海にでも行かせて、息抜きをさせたらどうじゃろう」と提案した。村人も、二人を頼りにしていることもあって、その間は火に気をつけるからそうしてやろうということになった。二人の若者は、生まれてはじめて山をこえ、海の村に遊びに出ることになった。
 二人は、どこまでも広がる青い海に心奪われた。そんなふうに開放的な気持ちは山の中では味わったことがなかった。海には日ごろ見ることのない仕事に精を出す人々もいたし、海女のすがたもあった。二人は自慢の肉体を誇示するように砂浜に寝転んで、ひとつおなごに声でもかけられないかと待つことにした。
 が、どこから来たともしれぬ若者に声をかけるおなごなどいなかった。かわりに声をかけてきたのは、亀だった。
 「あんたがたは実に立派な体つきをしておる。ぜひとも竜宮城に来てはいただけないか。なあに、乙姫様は客人を招くのを好まれる。馳走も美しいおなごもご用意いたしますぞ」
 二人はどうしたものかと顔を見合わせて迷ったが、自分たちの見知らぬ世界への興味が勝った。「よかろう、ぜひその招待うけましょう。ただ、わしらには村の火消の仕事がある。一晩か二晩くらいじゃ」。

 そうして二人は亀の背に乗り海中深くの竜宮城に赴いた。竜宮城では亀の言った通り、二人が見たことも、想像もしたこともない食事や酒が用意され、女たちもたくさん待っていた。海の底のおんなだというから、腰から下が魚のようになっているかと思っていたが、いずれも普通の女たちだった。酌をされながら聞いてみれば、彼女らはおまんという出稼ぎの女たちで、ときどきここの宴に招かれるのだという。彼女らの故郷の特産物である小豆は、竜宮城の珍味にも引けをとらないものだった。
 なにせ世間もよく知らぬ二人のこと、接待にすっかり骨抜きにされてしまった。兄者の方は、気づいてみたら、裸のおまんと二人で寝床にいた。ただ、まわりにも何人か人間や魚人が取り囲んでいる。急いで逃げ出そうと思ったが、作務衣を着た職人風の男がそれを制して言うに「待ちなされ若いの、せっかくハメを外して楽しんでおるんじゃろ? ついでにまぐわいも楽しんだらどうかい。なに、わしは流れのわいせつ円盤職人よ。なに、円盤は乙姫様の秘密の趣味じゃて、心配することはあらないわ」。そうして、わいせつ円盤職人はタバコに似た何かを兄の口にくわえさせ、吸い込むようにすすめてきたのだった……。
 何日そうしていたかわからぬ。まぐわいの中ではときおり弟の姿も見えたし、おんなではなく男が相手になったこともあったような気がするが、それも定かではない。場所の感覚も時間の感覚もなくなってしまった。自分の肉体を無限の大きさに感じ、刹那の快感が永遠につづくような心持ちにもなった。

 一方、そのころ村ではおおきな問題が起こっていた。めったに起こらぬ火付け騒動が起こり、二件の家が焼かれたのだ。よりにもよって二人がいないときのことだ。村人たちは、自分たちが賛成したことも忘れ、村長を責めた。いったい、いつになったら二人は帰ってくるのか。もし、海の村にやっても、二人はおらんというじゃないか。もし、遠くの街に出て悪い遊びを覚えたら、かえって来ないんじゃないのか?
 責められた村長、たしかに自分が言い出したこととはいえ、今さらどうしようもない。愛蔵のわいせつ石膏をいじりながら、ふぅと溜息一つつくと、円盤商人が持ってきたばかりのそれを見始める。わしにも息抜きは必要じゃ。もちろんほかのものも抜くがな。……と、そこに映ったものに驚いた。円盤の中でまぐわっているのは、村の火消兄弟に他ならんではないか。村長、大事なわいせつ石膏も放り出して、若い居候を海の村に走らせた。「なんとかして二人を連れ帰ってきてくれい」。
 海の村に走った居候、なんとか地元のスク水漁師に話をつけた。漁師の妻と顔なじみのおまんが竜宮城にいるから、脱走の手引きをしてくれることになったのだ。このくわだてがうまくいき、土産の小豆がつまった玉手箱を両手に、ベロンベロンになった兄弟は山の村に連れ戻された。
 村長は二人に半年の蟄居を命じた。もちろん、火事になったら火消しはしてもらう。二人の兄弟、たしかにハメをはずしたのは認めたが、二、三日のことではないかと言い立てると、村人は唖然とした。「おんしらがおらんかったのはふた月にもなるで」。
 そんなわけで、二人を連れ戻した村長はふたたびみなの尊敬を集めた。ただ、どうやって二人の居場所を知ったのかはだれもしらない。ただ、ぼくの村に伝わる童謡は、よそのそれとはちょっと違う部分がある。「助けた亀にしゃぶられて〜♪」と歌うのだ。そうなった理由は、いまだにだれも知らないのだった。