実録零細企業小説〜あたしらはどう生きるべきか〜

 ここは大阪の下町です。小さな町工場がありました。町工場には数人の従業員がおって、その中に金頭子さんと黄頭子さんという女性従業員がおりました。ふたりは歳がはなれていましたが、姉妹のように仲がよいのでした。
 ある日の終業後、もうすっかり遅くなったあと、年上の金頭子さんが、黄頭子さんをめずらしく飲みに誘ったのです。黄頭子さんは勘のするどい子だったので、なにかよくない話に違いないと思ったのでした。
  ビールとお通しが運ばれてきました。とりあえず意味のない乾杯をしたあと、金頭子さんが切り出しました。
「なあ、黄頭子ちゃん、あたしもう限界やと思うんや。毎日、毎日、残業ばっかりで、土日もほとんど休めんやないの。体もたへんし、それかてお給金たくさんもらえれば、ちょっとは納得できると思うんよ。でもね、ずっと四割カットされたまんま、なんも変わらんやんの。それに、遅配もあって、この歳になって親に頼るのってもう嫌やし……。でもね、お金のこというよりもね、なによりも、なんのために働いてるかわからん。なんというのか、気力が出てこんのや、もう、耐えられへんのや」
 じっさい、工場は金頭子さんの言う通りの状態でした。仕事が減っていて、なんや安く引きうけなくてはならんし、かといって人も切りに切って最低限か、それ以下の人数しか残っていません。
 黄頭子さんはグラスのビールをあおってから話はじめました。もう、愚痴をきいて相づちを打ったり、おためごかし言うとる場合やないんやと思ったのでした。 
「まあ、金頭子ねえさんの言うとおりやわ。あたしかて、毎日毎日雑用ばっかりで、なんやスキルとかキャリアとか積めません。貯えもないし、もう先なんてまるで見えないんや。……せやから、もう、やめたらええと思うんですわ、会社。社長のおっさんに言って、もうやめましょうって言いましょ。なんや。言わんでも、ねえさんやめたら仕事回らんから、自然に終わるわ。あのね、こうやってあたしらがね、違法な働かされ方されてね、残業代どころか、ふつうのお給金すらもらえんくらい働いてね、ようやく自転車操業になっとるんなんて、不自然やわ。ゾンビや。生きとるふりしとるだけなんよ」
 ふだんから強気な子とはわかっていたのですが、急にそんなことを言う黄頭子さんに、金頭子さんは少しびっくりしました。 
「いや、違うの黄頭子ちゃん、そういうこと言ってるわけやないの。そんな極端なことちゃうの。ただ、もうちょっとどうにかならんか思うてるだけなの」
 黄頭子さんは、安居酒屋のなにかよくわからないお通しのやわらかいかたまりを口に放り込み、言葉をかえします。
「いやね、ねえさん、ならんでしょう。あたしらかて、クライアントはんの懐具合も、なんや町工場の景気もようわかっとるでしょ。景気もね、一時的なもんばかりやなくて、業界自体、もう、全部外国のね、中国だとかヴィエトナムとか、そっちに仕事とられてね、終わるしかないんよ。いくら価格競争やいうても、あたしらがいくら低賃金の労働してもね、中国やヴィエトナムの水準とはどうにも張り合えんのよ」
「せやかて、うちらの工場も、小さいながらに、それなりにええ品質のもん作ってるし、外国製の安いのに負けたりせえへんと思うのよ」
「ねえさん、なに言うてますの。もう、お客さん、値段しか見いへんやないの。指し値で言うてくるか、もう価格だけの叩き合いやないの。創意も工夫も技術も関係あらへん。安全性かて無視や。そのうち、目に入るもんみんな安物のしょうもないもんになって、中身もスカスカやからビルも橋もみんな崩れおちるわ。いや、あん人らようけ頑張っとるし、日本語も使えるようになるしな、昔な、日本がそうやってきたように、質も追いついてくるんやろ、きっと」
「それじゃあ、八方ふさがりやないの。でもね、もっとなにか、新しい製品とか開発してね、そういうことできへんかしら」
 少しの間がありました。黄頭子さんは、左右に首をふって金頭子さんの目をみました。黄頭子さん、はやいピッチでたまのお酒を飲んだせいか、目も真っ赤になっています。 
「無理なのわかっとるでしょうに、ねえさん。金も人も自転車操業や。もうこれ以上金借りれへんし、社長も個人の借金山盛りや。かといってな、あたしらのどこに新しいことする余裕あるいいますの? 目の前に流れてくる安い仕事で手一杯やし、それがこなせんかったら飛ぶだけや。なあ、だからもう死に体なんよ、嘘の会社、会社ごっこのおためごかしなんよ。とっとと畳んでしまうべきなんや。それが正しい淘汰やと思うわ。資本主義のルールや。あたしら、ルール破りしてなんとか生きとるの。きっちり死ぬのが正しいんよ」
「けど、それじゃあ、あたしらやほかのみんな、社長はどうなるの?」
「そんなん、しらんですよ、ねえさん。あたしらはあたしらの権利守るしかないんよ。労働なんとか署とかに駆け込んだりね、あとは、債権者に取られるまえに、社長の軽自動車やらなんやらも持って行ってしまいましょ。首吊ったら、金歯抜きとったらええと思いますわ。当たり前の権利や。……おっちゃん、おかわり! ジョッキで!」
「そんなひどいこと言わんといて。あたし社長にはいろいろ恩になっとるし、娘の頭金子が小さいころにおっきな病気したでしょ。そんときも、仕事はええからって、えらい融通きかせてもろうたしね。それにね、今ね、放り出されたら、とてもじゃないけどやっていけへんの。せめて、頭金子が大学を出るまでは、もってくれなきゃ困るんよ」
 金頭子さんは、わけあって女手一人で病弱の娘さんを育てているのでした。
「そいならもう、今のまま、あと四年這いつくばって生きていくしかないしょ、ねえさん。それまでは、もう今のな、このしょうもないところにしがみついて生きていくしかあらへん。違います? そやったら、あたしも協力します。それまでは会社もつように、働きます」
「でもね、それで、もしも会社がなくなったら、あなたはどうするの?」
「なんや、あたしは独り身やし、どうにでもなります。コンビニのバイトでもなんでもええわ。時間内に終わる仕事がええ。べつに贅沢はいらん。生きてければええの。もし、そういう仕事が無理やったら、なんやもう、金持ちか政治家の一人でも殺して刑務所にでも行くわ。さもなきゃ死んでもええわ。一人一殺や、ねえさん。ひっそりと死ぬなんて我慢ならんわ」
「そんなん、ひどいこと言わんといて、ね、ね。もう、いやや、黄頭子ちゃん、飲み過ぎとるわ」
 黄頭子さん、かなり酔っているようです。もう、目の前の金頭子さんすら目に入っていないようです。 
「……いや、革命や、ちがう、破壊や。あたしらみたいな貧乏人が、みんな一斉に武装蜂起して、金持ち一人ずつ殺していくんや。それで、自殺していくんや、日本、風通しよくなるで! なんやもう、この国は、役目終えたし、もうすることもあらへん。かしこいやつはアメリカにでもどこにでも逃げればええ。あと残った人間が、米とか作って生きればええんや。食うだけの米作って、生きればええ。葦原の千五百秋の瑞穂の国や。葦原将軍福島瑞穂の国になるんや。そうや、今は人間が余っとるんや、なにが少子化や、しょうもないオメコばっかりしよって、ガキ生まれてもガキの居場所あらへん。メイドロボがおる。もう、日本も日本人もやめたらええんや、店じまいや。こんな国ありましたって看板立ててな、メイドロボが観光客案内してやったらええ。人間なんていらんのや。見るがええ、メイドロボは目からビーム出しよるし、パラシュートで降下してな、敵陣深く斬り込むしな、世界人類皆殺しにしたったらええのや。メイドロボがな、メイドロボを作っていくんや。なんや、宇宙人きたら驚くで。それ最高や! なんや秋葉原とかいうところに招待してやったらええわ。宇宙人がなんかしたら、メイドロボのビームや。でもな、頭を貫いても、宇宙人死なへん。なんや、地球の常識じゃ頭やろってところが、連中にとったら脇毛のさきっちょや。それが宇宙の常識や。目が弱点や、みたいな先入観は禁物や。でもな、メイドロボはかしこいから、そんなんお見通しや。逆に、宇宙人のな、ささくれを保護しとるカットバン狙いよる。そこが連中の脳味噌や。メイド・イン・ジャパンのメイドロボ最強や。なんや、そんだったら、みんなでメイドロボ作ったらええ。世界警察どころやないで。世界中に富嶽飛ばしてな、メイドロボで制圧や。大日本帝国いいとも! って言ったるわ。そうしたらな、中国やヴィエトナムのやつにな、メイドロボが代わりに働くから、お前ら低賃金労働するな言うんや。なんや、そうやったら、あたしらも働く必要あらへん。メイドロボが働けばええやん。なんやあたし、すごい発明や。これが政治に足らんもんやと思いませんか、有権者のみなさん。やっぱり今こそ、庶民が政治に打って出るべきなんや、ねえさん! マドンナブームや! おたかさん! おたかさん、どこや? どこなんや、おたかさん……」

 黄頭子さんは、気がつくと、冷たい石畳の上に突っ伏していました。冷えた自分のゲロが顔を覆っているのを感じました。やけに重く感じる体を起こそうとすると、ごつごつした、毛むくじゃらの手が差し出されます。黄頭子さんが見上げると、白いシャツを着たひげ面の男がいます。
「おたかさん……?」と黄頭子さん。
「おたかさんやあらへんよ」と、男はフランス語でこたえます。
「せやったら、あんたは誰や?」と黄頭子さん。
「そんなことはどうでもええ。さあ、これを!」
 男は黄頭子さんにマスケットを手渡しました。マスケットの木の手触りと重みに、黄頭子さんは、なにかあたたかい気持ちになりました。見上げれば、はるか街路の先には炎の気配があり、闇夜を赤く染めています。
 そして黄頭子さんは、すべてのことを了解できました。はじまりから終わりまで、黄頭子さんにはすべてが明確になったのです。やるべきことも、やるべき方法も、なにもかも自明のことでした。黄頭子さんは、マスケットを構え、パルスジェットエンジンに点火しました。メイド服がばたばたと音を立てると、逆向きの流星となって、パリの夜空に消えていきました。
  
<完>