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「私情によりしばらくの間お休みさせていただきます」

日記

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「私情により

 しばらくの間

 お休みさせていただきます。」

 

……と、閉じたシャッターの上に貼り紙があった。そこがなんの店かも知らない。

「私情により」というのがなにか引っかかった。携帯端末で写真を撮った。「私情により」。なにかおかしい感じがする。しばらくのあいだ店を休むのに、「私情により」というのは……いささかリリカルだ。とはいえ、いい代替案がなかなか頭のなかに浮かばなかった。まあ、「情」を「感情」の「情」でなく、「情況」や「事情」の「情」と思えば、「私用により」、「私事により」あたりでしっくりくるだろうか。「一身上の都合により」では、これもなにかおかしい。

その上で、おれは「私情により休む」ということになにやら面白いものを感じてしまった。「休みたいから休むんだ」ととれないこともない。ポジティブだ。けれど、もう少し感傷的なものがあるように思う。やむにやまれぬ心の傷で、店を開けるどころではない、という感じがする。そちらのほうが優雅で感傷的で悪くない。しかも、その感情を紙に書いて世間に向かって貼りだす、というところも悪くない。おれのような通りすがりの人間ですら、「なにがあったんだろう」と思ってしまう。顔見知りの人であれば、ますます心配するだろう。

あるいは、店を開いて商売をしている、ということが「公」やら「公共」であり、それを休むことについて「私情」が反対語のように感じられるというのも興味深い。そうだよな、クレイジーケンバンドの「せぷてんばぁ」じゃあないけれど、それで仕事を休んだっていいじゃないの。私の情がそう言ってるんだもの、仕事なんて二の次三の次でいい。

……てなことを考えながら、おれは野毛の坂を登った。暑い土曜日だった。図書館へ、行くのだ。携帯端末はカメラからポケモンなんとかの画面に変わっている。それをポケットに入れたままだった。ポケットのなかでなんらかの不思議な作用があって、電話の着信履歴のあいてにつぎつぎに電話をかけていた。そのうちの一つが自分の会社だった。今日、出社してみたら、上司から「留守番電話にお前からの着信があったが、なにか?」と言われた。おれはくだらない事情を説明した。「ポケットのモンスターが電話したのです」。

おれもいつか私情で会社を休むだろう。

おれもいつか私情でどこかに消えてしまうのだろう。