日々の買い物の苦痛であること(生きるに値しない)

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おれはスーパーで買い物をするのが基本的に好きだった。特売に出会えれば素直に喜び、ちょっと変わった野菜を見れば手を出し、ときには「今晩は半額シールの弁当で済まそうか」……と思ったり。なんでもないようなことが、幸せだったといえる。野菜も肉も卵も調味料もあるべき値段で、おれは貧乏ながらもそれに強い不満を感じることなんてなかった。

ところが最近はどうだ。いつ頃からか、野菜も肉も卵もちょっとずつ値段が上がっていった。その上に消費税が上がった。レジで「想定していたのと違う」と思うことが多くなった。おれは買い物が怖くなった。たかだか晩飯……おれの場合はお好み焼きの材料を買うのに何万円もかかって、財布がすっからかんになる、ということはない。ことはないが、たいへんに苦しい気持ちになる。必要最低限のもの以外は買いにくくなったし、野菜を買うのも肉を買うのも苦痛になってきた。ただきのこ類だけが異様に安かったりする(あるいは、相対的にそう見えるだけか)が、おれはきのこ類を主食にするわけでもない。

今の価格こそが適正なのである。デフレだかデフレスパイラルを脱却した証拠である。タイムラグはあるが、やがて労働者の賃金も上昇し、物価に見合ったものになるであろう。……とか言われればそうなのかもしれない。ただ、それは、そんな高いところの視座、大きな視野というものは、おれの生活には関係ない。好景気の中でだって倒産する会社もあるだろうし、失業するやつも、それが原因で自殺するやつだっているだろう。おれにはおれの生活があって、おれにはおれの生活しかわからない。

これで消費税が10%になる世界というのは、正直想像がつかない。おそらくおれは大変な生活防衛体制に入るだろう。趣味に金を使う……三ヶ島の新しいペタルとトークリップを買おうとか、αマウントの中古レンズ(値崩れしないの?)を買おうとか、いっさい無くなるだろう。映画に行くことも少なくなるだろう。本も漫画も買わない。図書館通いは徒歩になる。

そして、日々の買い物は、おれが食って生きるという基本活動はおれをさらに苛ませ、いっそうおれに生きるな、おれは生きるに値しないというメッセージを伝え続けるだろう。生きるな、生きるに値しない。日々、教えてくれるのだろう。生きるな、お前は生きるに値しない。お前が生きていいほどこの世界は安くない。理解しろ、お前のような安い人間は生きるな、生きるに値しない。生きてはならない。毎日のように語りかけてくるだろう。生きるな、生きるな、生きるに値しない。お前には帰る場所もないし、休まる場所もない。生きるな、生きるな。