いまの日本国民に足りないのは覚悟にほかならない。一億の心を一心として突き進む覚悟である。内憂外患、この現況にあって、日本人は進まねばならんのである。どこへか? 後ろとか、横とか。
そうだ、もう諦めよう。もう負けだ。この国は負けた。世界にとって価値のある国でもない。どの国も価値はない。価値はないが勝ちがあり、負けがある。この日本は負けたのだ。潔く進むべきだ。転進! 後ろとか、横とか。
いや、進む必要などないのである。その場に立ち尽くすもよし、座り込むもよし、横臥するもよし、腹を切って死ぬもよし。
そもそも人間などというものがこの世に生まれてくること自体が誤りであった。地球の誤謬にすぎない。それがなぜか愚かにも子孫を残そうとして、不幸が不幸を再生産する。悲しみの泥沼に脚を取られ、身体を包まれ、息をするのが精一杯だ。
それがいろいろの肌の色だとか、言語だとか、国だとか、地方だとか、家庭だとか、貧富とか、てんでバラバラに生まれてきて、どこに幸せの生まれる余地があるというのだろうか。
どんなオブラートにくるんだところで、弱肉強食、これに尽きる。弱い者はさらに弱いものを叩く、そして死肉を食らう。おぞましい、おぞましい。みんなそれを忘れたような顔をして、ごまかし笑いして、右手のナイフはだれかを刺し続けて、生き続けようとする。
もうこんなのやめようじゃないか。誇り高く後ろ向きに走って、崖から飛び降りて死のう。発展も進歩も信じない。平和の達成も、全人類の幸福も信じない。生と死の間を千鳥足で歩め。
おれのための地獄があって、あなたのための地獄がある。どこかべつのところにあるんじゃあない。いま、ここ、そこにある。それを認めて、上っ面だけの言葉をドブ川に放り捨てて、ただここからの自由だけを夢見よう。
いや、せめておれだけでもこの地獄を認めよう。そして、ここから自由になろう。あんたがどうするのかは勝手にしろ。一億人、勝手にしろ。七十五億人、勝手にしろ。おれはもう降りた。いや、とっくに降りている。おれはおれのいかなるものにも期待していない。期待するところがない。一緒に負けてくれるやつがいたって、結局のところおれは一人だ。最期は一人だ。地獄の上にさらに恐怖がある。恐怖を一人で背負い込んで、さあどこに飛び降りれれば楽に、自由になれるんだ?