神様はひとりまたひとりと去っていっていまった。暴力的な午後九時半のお祈り。天国が足りないと精霊さまたちはお怒りになる。わたしたちのなかで欠損しているものは少なくない。
南から来た男が三日月型の弦楽器をつまびいた。音が止むと、静寂だけが残った。
わたしが微熱のとき、彼女と秘密の儀式をする。それは二人だけの秘密だから、お母さんにも話したことはない。水晶が内側から光って、わたしたちの身体を照らすののだ。
砂漠の遠い向こうから商隊がやってくる。わたしたちは冷えた水で迎える。わたしたちが生きるに必要なものが、なにか突発的な事情でとれなくなっているという。歓迎の顔のなかに、くらい翳が落ちる。わたしにはそれがわかった。かれらにもそれがわかったのだろう。しかし、だれもそれを言葉にしない。この世には出現しない。言葉にしなければなにも現れない。そして、今や言葉もなしにこの世に実情をあらわすのは、精霊さまたちだけになってしまった。
来月、大きなお祭りがある。わたしと彼女は、そのときを狙って、ここから逃げ出す計画をねった。それはとてもすばらしく、わたしにはそれを言い表す言葉が存在しないものを得られるのだと思った。眠りのとき、集落に響きわたる鐘の音をきいても、わたしは眠ることができなかった。
わたしと彼女だけの世界。一歩歩けばその足跡に花が開き、黄金の蝶が祝福する。彼女がわたしの髪にふれれば、とたんに世界は夕暮れにつつまれる。昼の砂漠はあつく、夜の砂漠はつめたい。しかし、わたしには彼女がいて、彼女にはわたしがいる。あたたかさは変わらない。
いよいよ祭りの日となったころ、精霊さまたちが文句を言いはじめた。大人たちは必死になだめた。祭りだけはとりおこなわればならない。そう言った。しかし、精霊さまたちは、神様の不在をいいことに、まるで取り合おうとしなかった。わたしはそのやり取りをただ見ているだけだった。彼女の瞳にある決意が宿ったことにすら気づかなかった。
人のなすことに精霊さまたちがちょくせつ介入することはできない。大人たちは櫓を組み、祭り装束を編んだ。精霊さまたちと断絶する覚悟だったのだ。わたしも装束を編んだ。心はここにはなく、どこにもなかった。ただ、入り組んだ紋様の装束を編んだ。
そのとき、裏口から彼女がやってきた。目配せしてわたしを呼んだ。隙を見て、わたしは彼女の方へ早足で歩んだ。
「あのさ、ここまでなんだよ、悪いけど。先払いしてくれなきゃ、このさきの物語もないんだ。わかるかな、こいつ、これを書いているこいつには、そういう才能がないんだ。だから今日は、ここまでなんだよ、それを言いにきたんだ。それだけなんだ……」。
彼女は私をやさしく抱きしめた。わたしの長い髪に指をとおし、潤んだ瞳でわたしを見た。わたしの物語はここで終わってしまうのだと、はっきりと悟った。くずれ落ちそうな膝に力を入れて、必死に声を出した。
「うん、わかってる……」。
(続かない)