わたしはあてもなくぶらぶらと古い商店街を歩いていた。日曜の昼下がりだった。
「そこの人、ちょっとよろしいか?」
古びた、それでもきっちりとしたスーツに身を包んだ銀髪の老紳士に声をかけられた。
「なんでしょうか?」
「わたくしにはわかるのですが、あなたにはお悩みがあるようだ。失礼ながら、端的に申し上げて、それは身長のお悩みです」
「なぜ、わかったのですか?」
「見ればわかります」
わたしはこのごろ三十代に差し掛かり、生涯の伴侶を得ようと努力しているが、どうにも女性に相手にしてもらえない。立派な学校も出て、名のある企業に勤め、これでも品行方正に生きていると思っている。それなのに、女性に相手にされない。その理由は、自分の身長にあるのではないかと思っていたところだった。
「さしでがましいようですが、わたくしはあなたのような立派でいながら、身長だけお悩みのお方におすすめしたい品物がございます。どうです、これからわたくしの店にいらっしゃいませんか?」
なんの品物だろうか。しかし、わたしはわたしの身長がどうにかなるのであれば、あやしい話の一つにでもすがってみたい思いはあった。わたしは老紳士のあとをついていった。
「さあ、いらっしゃいませ、こちらです」
老紳士が案内したのはこじんまりとした靴屋だった。年季を感じさせながらも清潔な店の先に『ラ・マルク靴店』と書いてあった。わたしは店内に入った。
「ようこそ、『ラ・マルク靴店へ』」
一人の若い女性店員さんが出迎えた。
「あとはたのみましたよ」と、老紳士は店の奥へ消えた。
「さあ、あなたのお悩みはわかっています。チビなんでしょう?」と女性店員。
「……ええ、いまなんといいましたか? いきなりチビ扱いはひどくはないですか?」と面食らったわたし。
「めんどうくさい言葉なんて必要ありません。あなたは見ての通りチビだし、チビには恋愛をする権利も、結婚する権利もないって、身にしみてわかっている。さあ、お客様、とりあえずこの靴を履いてくださいませ!」
女の店員は箱から靴を取り出してわたしの前に置いた。わたしは少々あっけにとられたが、大人しく椅子に腰掛けて自分の靴を脱ぐ。シークレット・シューズというものだろう。なに、一度は試してみたく思っていたのだ。
わたしは新品の革靴に足を滑り込ませた。その刹那、わたしの足の裏にはたくさんの痛みが走った。あわてて足を引き抜く。
「痛い! なんだ、これ!」
すると女はその靴を手に取り、中敷を見せながらこう言った。
「この中敷の下には画鋲が敷き詰められているのです、お客様。こちらを履かれた人は、痛さのあまり足を離そうとします。その結果、背が伸びるということですよ、お客様」
心なしか冷たい笑みを浮かべながら女は説明した。
「なんだ、そのとんでもない発想は。こんなもの履いていられるわけがないだろう!」
「あら、お客様は弱々ですのね。では、こちらはどうでしょう」
と、女はわたしに金槌を差し出した。
「これで、どうしろと?」
彼女は楽しそうに話し始めた。
「これで、道行く自分より背の高い男性の頭を叩くのですよ。そうすれば、叩かれた男の背が縮んで、相対的にあなたは高身長になるという仕組みです」
「あ、頭がどうにかしているんじゃないのか、君は! そんなことしたら身長どころの話ではなくなってしまう!」
「あら、もしも相手が横たわれば、たいそうな身長差が生まれますのに。身長以前に、そんな情けないことだから、女の人に相手されないのではないかしら」
「ばかを言うんじゃない。なんて店だ。もう帰らせてもらう!」
わたしは憤りを隠せずにそう言った。すると、女店員がわたしの袖を掴んだ。そして、店の窓の外を指さした。そこにはオースティン・リーブスとトスカーノ=アンダーソンが歩いていた。
「あそこに歩いている人が見えますか? わたしが伸ばしてきた身長を足せば、あの二人を足したより高い身長になりますのよ」
「なにをわけのわからないことを……」
すると、女店員は自分の靴を脱いだ。脱いでみると、平均的な身長だった彼女の身長が……いや、容姿が小学生のようになったではないか。
「お客さま、これが当店の持つノウハウの全てです。あなたさまのような救いがたいチビも、まともな人間になれるのですよ? 勇気さえおありになればのことです。私どもはご協力は惜しみません。さあ、どうなさいます? 弱弱のおチビさん」
わたしは途方に暮れた。そして、とりあえずリーブスとトスカーノ=アンダーソンのサインはもらったほうがいいのではないかと考えていた。