ぼくは『桜を見る会』に行った

「祖父が倒れたらしいので、ちょっと村に帰って様子を見てきてくれないか」。東南アジアのどこかの工場で働いている父から連絡が入った。とりわけ忙しくもない大学生のぼくは、東京をあとにして、本州最北の田舎に急いだ。季節は冬に入るころだった。

村は東京に比べてひどく寒かった。村は山の中にあった。雪はまだ降っていなかった。

祖父は床に伏せっていた。自分の記憶より、さらに老いて小さくなっていた。

「じっちゃ」と、ぼく。

「……おう、来たか」と、祖父。

ぼくの目を見据えると、こう切り出した。

「おまえに、頼みたいことがある。わしの代わりに、あの荷を『桜を見る会』に届けてくれんか……」

祖父は部屋の隅を指差した。そこには、きれいな織物に包まれた桐の箱が積み重ねられていた。

曲げわっぱけ?」とぼく。

祖父は古くから続く曲げわっぱ職人の子に生まれた。祖父も小さなころから修行を積み、曲げわっぱ職人になった。その腕前は確かで、伝統工芸の職人として表彰されたり、なにか勲章をもらったりもしていた。

「そうだ、これは、わしの、一生の成果だ。わしは、このために生まれた。じゃが、その代償に、もう起きることもままならん……。これを、わしの血をひくおまえに、託したいんじゃ。明日、迎えが来る……。これを、東京の、『桜を見る会』へ……」

 桜? この寒い季節に。祖父はぼけてしまったのだろうか。そんな心配がよぎった。

その晩は、少し寒い部屋で寝た。村は山の中にあった。

翌朝、大きな観光バスが屋敷の前に泊まっていた。山あいの寒村には似つかわしくない、大きなバスだ。いったいどういうことだろう? 運転手が出てきて、「お荷物はどこですかな?」という。ぼくは玄関に移しておいた箱を指し示した。「では、お荷物たしかに預ります」と運転手。慣れた、そして、丁寧な手付きで箱をバスの貨物トランクに積んでいった。ぼくも手伝った。先に積まれていた、やはり桐の箱のような荷物があった。

荷物を積み終えると、運転手は祖父に挨拶に行った。ぼくも祖父の伏せる部屋に入った。祖父はただ、「頼んだぞ」と言った。ぼくは大きなバスに乗り込んだ。まばらに先客がいた。年老いた男、若い女性、だれも言葉をかわさなかった。ぼくもそのようにして、シートを少し倒し、眠りについた。

その後、バスはぼくの祖父の村のようなところに何箇所か立ち寄った。そのたびに貨物トランクに箱が積み上げられ、乗客が少しだけ増えた。山あいから山あいへ。

やがて、山から郊外へ、郊外から都市へ、車窓は移り変わっていった。東京だ。それも、東京のど真ん中だ。なにせ、国会議事堂が見える……。

国会議事堂近くの公園の前で、バスは停車した。運転手がハンディマイクで言う。

「皆々様、お疲れさまでございました。わたしたちは目的地に到着いたしました。繰り返します、目的地に到着いたしました」

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バスの貨物トランクの荷物は、公園に待機していた、なにか古風な装束の男たちが素早く、そして丁寧に取り出し、運んでいった。

はて、ぼくはどうすればいいのだろう。『桜を見る会』? 外は木枯らし吹いて寒いものだった。

バスの外に出て伸びをして、どうしたものかと思っていた。すると、「おじいさまからお話は伺っております」と声をかけられた。バスの運転手だ。「ええ、『桜を見る会』は初めてでしょう……」。

ぼくはバスの運転手に連れられ、公園にそびえ立つ塔のもとに来た。

「これは、三権分立の塔と言います。地上の顔ですな。 地上の三権は立法、行政、司法です。しかし、地下の三権は違法、脱法、放埒なのですよ」と、運転手。

地下? そう、三権分立の塔の横に、地下への階段があった。言葉をかわさなかった乗客たちが地下に吸い込まれていった。「さあ、あなた様も。わたくしはこれで失礼いたします」。運転手は踵を返し、バスへ向かった。

ぼくは言われるがままに階段を降りた。降りた先には地下空間、と呼ぶしかない空間が広がっていた。壁は土壁、明かりも最低限。なにか、戦争映画で見た地下基地のような感じがした。が、一段高いところに舞台のようなものがあった。そこに人影はない。ライブ会場のようだと思った。ぼくは舞台を見上げた。その会場はうるさいでもなく、また、全く静かというわけでもなかった。ときおり、誰かの話し声が聞こえる。それも消える。

と、急に銅鑼の鳴る音が聞こえた。ついで、和太鼓と、なにか和楽器の音が鳴り響いた。舞台の上が強い光で照らされた。そこに並んでいたのは……。

そこに並んでいたのは、三方だった。三方の上には、わいせつな形をした石膏や、男の身体の一部を象った木像、奇妙な形をした大根、水揚げされたスクの干物、どこかの特産品であろう小豆などが置かれていた。

しかし、ぼくの目はその台となる三方に引き寄せられた。それは、正確には三方ではなかった。それは曲げわっぱだった。正円の曲げわっぱ。それが祖父の手によるものだと、ぼくは確信できた。

すると、舞台の袖からひとりの礼服姿の男性が出てきた。世情に疎いぼくでも知らないはずがない。地上の、日の光の当たる場所で、この国のまつりごとを代表する人間だった。

男は、舞台の奥に向かって一礼し、こちらに向き直った。そして、演説を始めた。

「わたくしが、亀甲の縛りによって、森羅万象を司ること幾年、この重責に耐えつつ、縛りの示すときまで、艱難辛苦を乗り越え、いま、ここまでやってまいりました。わたくしのお役目も、もうしばらくのことと思いますが、まだ終わったわけではありません。皆々様のお力添えで、最後のつとめを果たすべく、微力、尽くすと申し上げる次第でございます」

その男……一般には総理大臣、首相と呼ばれる男は涙を流していた。ぼくにはそう見えた。そして、男は深々と一礼した。地下の部屋は静寂。そして、首相は万歳をしながら叫んだ。

「万歳、弥栄!」

会場の面々は大声を張り上げてそれに応えた。

「弥栄!」

男は舞台の上から続ける。

「万歳、たまさか!」

 「たまさか!」

さらに男は舞台の上で叫んだ。

「さまんさ!」

そして聴衆は応える。

「たばさ!」

男はまた一礼して、舞台袖に消えた。銅鑼が打ち鳴らされ、雅楽器は悲鳴を挙げた。しゃらんしゃらんと鈴の音も響く。会場の一同はそれにあわせて身体を揺らす。口笛を鳴らす、自由に歌い始める。

狂乱が、始まった。

と、舞台袖から若い女性が小豆を撒きながらぞろぞろと出てくる。会場から「おまん! おまん!」と声がかかる。女性たちは整列すると、腰を落として、着物をはだけて桜を見せる。……これが、『桜を見る会』!

あっけに取られていたぼくの肩に、隣にいた何者かが手を置いた。それは男とも男でないともの、なんとも言えない要望をしていた。白人かと思えたが、奇妙な髪の色と奇妙なタトゥーが、あらゆる決めつけを拒んでいるようにも見えた。

「ハロー、わたしはセクシー・ヴィーガン。ボーイ、あなたは『桜を見る会』は初めてでしょう。とりあえず、この国の伝統的なタバコを一服したらどうかしら」

そう言うと、ぼくに手巻きらしいタバコを渡してきた。ぼくはフィルターのないそのタバコを思い切り吸い込んだ。虹色の世界が広がった。セクシー・ヴィーガンを名乗る男はぼくに語りつづけた。

「わたしはセクシーを求めてこの国に来た。そして、この国の歴史の底にながく続いてきたセクシーの地脈に触れることができた。かれらはわたしを迎い入れてくれた。それは不変にして、普遍、閉ざされていて、一方ですべてに開かれている……」

もう、ぼくに言葉は届かなかった。ぼくは目玉が周りだし、しゃらんしゃらんと鳴る鈴の音に身をゆだねていた。ラフ・ラフ・アンド・ダンスミュージック。焦点が定まらない。が、ぼくは舞台の上の桜を見ていた。ピッチシフトボーイがすべてを持っていった。

と、そこに、阿弥衣を着た僧のような男たちが現れた。男たちは怒張したいちもつをさらけ出すと、曲げわっぱをそこに引っ掛けた。引っ掛けてスイングさせた。回転する曲げわっぱ。男たちのフォーメーション。念仏の声。回転をやめない曲げわっぱ。描かれるのは、まぎれもない曼荼羅

「いやさか! たまさか! さまんさ! たばさ!」

ぼくは腹の底から叫んだ。みなも叫んだ。セクシー・ヴィーガンは舞台に向けて駆け出していた。おまんたちは特産品の小豆を撒きつづけ、わいせつな石膏には大量の水がかけられた。阿弥衣の男たちはさらに回転させた。

回る、回る、世界は回る……。

まわる、まわる……。

 

気がついたら、ぼくは芝生の上にいた。五体を投げ出し、安心のなかにいた。空気は寒くもなく、暑くもなかった。

まぶたのうらには回る曼荼羅

風が吹いた。

目を開けば、満開の、桜。

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