法の根拠って? 『キヨミズ准教授の法学入門』を読む

キヨミズ准教授の法学入門 (星海社新書)

キヨミズ准教授の法学入門 (星海社新書)

 おれはなんにも知らない。知らないことが多すぎる。なんでも知らないわけじゃなく、知らないことだけ知らないのだが、いずれにせよ知らないことは知らないことである。
 とくに生きていて知らないな、と思うことをいくつかあげれば、法律であり、政治であり、経済である。よくもまあこんな重大なことを知らずに生きてこられたな、と思わずにはおられない。とはいえ、できれば知りたいことではある。18世紀におけるオランダのプラントハンターのことや、量子力学について知りたいとは思わないが、このあたりの大まかなことについてだいたいの知識を得たいという心はある。
 そこで手にとったのが『キヨミズ准教授の法学入門』である。なにかネットの記事を読んでいて、おすすめの本として自著を本文中にするりと紛れ込ませていたのが面白かったので手にとってみた。どうも中高生向けの本、といってもいいかもしれない。しかし、おれはやはり法律を知らぬし、納得のいかないところもあるし、なによりおれは高卒なのでちょうどいいといえる。
 おまけに表紙といくらかのイラストが石黒正数である。おれは石黒正数の漫画をたぶんすべて所有している。さらにおまけとして、本書の舞台(高校生が大学の准教授と知り合いになって法学の話を聞く、という構成になっている)になっているのが近くに県立図書館と市立図書館があり、さらに坂の上に無料の動物園がある……って、桜木町界隈じゃん。主人公の通う高校って、山手駅あたりにあるの? という具合である。こんなところでも、なにかこう、読む気が湧いてくるってもんじゃあありませんか。
 というわけで、読んだのだが。なるほど、法的三段論法、権利には物権と債権があるということ、公法の原理、そしてなんだ、「司法試験とは無縁そうなレベル(失礼)な大学の法学部ってなにやってんの」という疑問に対する答え……。

 「実はですね、法学部というのは単に、法律の条文を暗記したり、理解したりする学部ではなくて、魅力的な法解釈を展開する能力を身に付ける学部なんですね。実際、学部の試験でも、司法試験でも、条文見れば答えが出るような問題は絶対に出ませんね」

 へえ、そうだったのか。なかなかおもしろそうじゃないの。たとえば、「受精卵を勝手に持って行ったらそれは窃盗罪にあたるかどうか?」とか、想像と創造があるのか、と。うん。なるほど。
 ……とはいえ、おれが求めていた答えは、本書になかったといっていい。おれのひどく幼稚で原初的な疑問だ。
 「おれはいつこの国の法律に従うとだれかと約束したのか?」
 これである。とはいえ、おれはこの国、つまりは日本の法律にそれほど不満を抱いているわけじゃあない。それどころか、おれのようなボンクラが警察のお世話にならずに生きてこられたあたり、わりとよくできてるんじゃないか、とすら思っている。つーか、かなりいいんじゃねえの、とまで思っているが、おれが日本の権力といつ契約したのか。生まれた瞬間にそういうことになっているのか。生まれた瞬間からこの国の六法に縛られているのか。そう、たまたま生まれてきたある国、べつにジャマイカでもアメリカでも北朝鮮でもいいが、その国の法律に従う義務はどこで確定するのか、ということだ。そして、確定するならするで、その根拠はどこにあるのか、ということだ。たまたま国境線のあっちとこっちでルールが違うんじゃ、普遍性というものに疑問符がついてくるんじゃないの?
 ……って、これはもう政治の話なのかしらん。少なくとも本書は、法の起源から、日本の法に至るまでの概略を記してくれている。だが、自明のものとして、だ。おれにはその自明さがいまいちわからぬ。たとえば、最近も(というか、さっきテレビ見てたら安倍総理改憲志向について、まさにこの本の著者がテレビで語っていたのを目にしたのだけれど)憲法の改正についてあれやこれや話がある。日本国憲法の出自についてのあれやこれやだ。だが、おれのスケールはもっと馬鹿であって、護憲しようが改憲しようが、それ以前それの根拠はどこにあるのか、だれが決めたのか、たまたま生まれたらそれに従うという(従わなくてもいいが罰がついてくる)のはいったいなんなのか。

 一言でいえば、たとえ、それが普通選挙から発したものであっても、いっさいの立法、いっさいの権力、いっさいの特権的で官許的な、公式かつ法的な感化をしりぞける。それが、搾取する少数支配者の利益になるだけで、彼らに従属する圧倒的な多数者の利益にはならない、と確信しているからである。
 われわれが真にアナーキストである意味は、まさにこの点にあるのだ。
バクーニン「鞭のドイツ帝国と社会革命」

 われわれは、いかなる種類の強制をも有しない、平等人の社会を承認する。しかも、こうしたいっさいの強制の欠如にもかかわらず、平等人の社会において、成員の反社会的行為が社会に重大な脅威になろうとは思わない。自由人たちからなる社会は、現代のわれわれの社会よりも、よりよくこれらの反社会的行為から身を守ることができるであろう。今日の社会は、社会道徳の擁護を警察、スパイ、監獄――つまり、それは犯罪の大学なのだ――看守、死刑執行人、および裁判官たちにゆだねているのだ。他方、自由人の社会は、なかんずく、反社会的行為を予防することができるであろう。
クロポトキン「近代科学とアナーキズム

 え、犯罪者がいるから法律が必要なのではなく、法律というものが犯罪者そのものを作り出しているって? 思わず下着で笑っちゃう、変な人間の理想像。SF的妄想。飛躍しすぎだろうっていって、おれにはそんなところがある。おしまい。

世界の名著〈第42〉プルードン,バクーニン,クロポトキン (1967年)

世界の名著〈第42〉プルードン,バクーニン,クロポトキン (1967年)