おれが法について知りたいことは、なぜ自分で選んで生まれてきたわけでもない国の法律に、自動的に契約させられてしまうのだろうか? ということである。その契約(?)になんの根拠があるのだろうか。どういう起源があるのだろうか。そこである。
勘違いしないでほしいが、おれはおおむねこの日本の法律というものに満足している。不満がまったくないといえば嘘になるけれど、世界の中でも相当に恵まれたものだし、日本に生まれたことはかなりラッキーだと思っている。
が、もしも、もっとひどい、悪法まみれの国に生まれたらどうだったろうか。この日本の法やその用いられ方に比べて、もっとひどい国に生まれたら。それでも、その人はその国の法に従わねばならないのか。その根拠はなんなのか、起源はなんなのか。そういう話である。
で、どうも、こういう話は法学というより法哲学に属するものらしい。……というようなことはなんとなく知っていたが、難しそうな本を読んでもわかりそうにない。というところで、手にとったのがこの本であった。
『あぶない法哲学 常識に楯突く思考のレッスン』とあるが、なんというか、おれの知りたそうなことへの入り口をいろいろと提示してくれるいい本だと思った。この本を読んで「なるほど!」というよりも、こういう歴史があって、こういう考え方があって、こういう思想家や学者がいたのか、という入り口だ。悪くない。しかも著者はけっこうアナーキーだ。悪くない。
というわけで、今後のおれのために、いくらかメモを残す。といっても、ほとんど単語の羅列だ。
ハンス・ケルゼンの「法律の成立にとって決定的なのはもっぱら制定手続きの有効性のみであり、法の内容の善悪はまったく関係がないという」「授権説」。法の起源にたどると「根本規範」。法と道徳を区別する「法実証主義」。
法律を制定し、維持するのは暴力である。ヴァルター・ベンヤミン『暴力批判論』。
国家が税金を取ること。ジャン・ボダン。アウグスティヌス「国家とは大きな強盗団ではないのか」。マックス・ウェーバー「ある特定の地域の内部で、正当な物理的暴力行使の独占を要求する人間共同体」。
「こんな法律はおかしいから従う意味がない」。法律に優越する正しさがあることを信じる=「自然法論」。とはいえ、普遍的な「人間の本性」は存在するのか?
「正義がなくても地球は回るぜ?」(『ブラック・ラグーン』レヴィ)。「実質的正義」。「形式的正義」、「分配的正義」。ディケーの掟。
ジョン・ロールズ、「無知のヴェール」。「誰もが自分の将来に対して悲観的」。マキシミン原理。エスポワールでの船井。
「競馬では多くの人が新聞で勝ちそうな馬を調べて、複勝、ワイド、枠連など比較的当てやすい馬券の買い方をする」。著者は競馬をしらべていないのではないか。大穴狙いの三連単が一番のシェアだ。おれは馬連派だが。
ロールズの正義論に反対するライバル、ロバート・ノージック。個人の自由をつきつめる。自由意思による贈与は正しい。ノージック路線、リバタリアニズム。ロールズ路線、コミュニタリアニズム。
ソクラテスの大ボケ。キングの市民的不服従。「不当さに良心が耐えられず法に背いた者は、社会的良識に向けてその不当性を訴えるためにも、その後速やかに収監の刑罰に甘んじ、法を心より尊重する態度を見せるべきなのです」。
「健康診断や癌検診、禁煙運動をはじめて導入したのはナチスである」、「病などで労働力で役立たなくなった人間をさっさと安楽死させていた」、「人には不健康に生きる自由もあるのだ」。
功利主義は「多数者の幸福のために少数者を抑圧する」思想ではない。が、「社会全体の不利益を最小限にしよう」という発想に切り替わった途端、不利益を負わせる人々を探し出す選別思想に転じる。ジョン・ハリス。
ウェスリー・ホーフェルド。私の「自由」はあなたの「無権利」。
功利主義の裏ヴァージョン「最大多数の最小不幸」。人権は国家や裁判所がある状況でなければ機能しないのか。
ロックによる「自己の身体の所有」。小さな国家論。身体を、命を売る自由はあるのか。
アダム・スミスの自由放任主義。「個人の自由は秩序の母」ハイエク。「政府は建築家でなく庭師たれ」。
アナルコ・キャピタリズム。マリー・ロスバード。デヴィッド・フリードマン。「効率性という点から公共財の供給はすべて民間に委ねるべきだ」。
「不平等な現実のみが平等に与えられている」(『呪術廻戦』)。
ロナルド・ドゥオーキン。「誰もが平等に配慮され尊重されたいと求める権利」。「不当に他人より悪い扱いを受けたくない感情」。「厚生の平等」の限界。アファーマティブ・アクション、デフニス裁判。
アマルティア・セン。「人々の多様性は生来のものであるのに加え、基本財を用いる能力や社会的境遇によって起因する」。「求めるべきは持ち物の平等ではなく、『潜在能力』の自由」。ロールズ批判。
内面から社会に適合されるように造られてしまっている。フーコー。飼い犬の自由。
そもそも人間に自由意思はない? ベンジャミン・リベット。『マインド・タイム―脳と意識の時間』。『PSYCHO-PASS』の世界。
『ブリッジブック法哲学』、『自由はどこまで可能か』、『自由か、さもなくば幸福か?』、『功利主義入門』、『リバタリアニズム読本』、『ケインズとハイエク』……。
……しかし、こんな興味深いのならば、法学部とかいうところで学んでみたかったとも思う。学びたいことはたくさんある。しかし、もうすべては遅い。