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問題はまず食うことだ―『辻潤全集』第一巻を読む

 

辻潤全集 (第1巻)

辻潤全集 (第1巻)

 

おれの今年のブームは辻潤である。年末まで生きているとして、「今年読んだ本のベスト5」とかしょうもうないエントリーを書くとしたら、たぶん入ってくるだろうと思う。というわけで、全集に手を出してみた。もちろん、「何者にもなりたくなかった、なにもしたくなかった」辻潤先生のことである。全集第一巻から「これ、読んだな」の感はある。感はあるが、おれはおれでしょうもなく記憶をなくしていく人間なので、読むたびに新しいのである。低人vs低人ということになろう。いくつか気に入った部分をメモしておく。重複とか気にしない。

考えると自分にはこの世の何処を見廻しても安住の場所というものが見当らない――第一これこそ自分の物だとハッキリいえそうなものは一ツもない。強いて理屈をつければ自分の霊魂と自分の身体位なものだと思えるが、それも両親から受け継いだのだと思うとその所有権を父母に主張されても、あまり威張ってそれに反対も出来そうではない。そして自分のこれまでの生長してきた現在の存在を考えて、自分以外の自然や人力に助けられていることがどれ程多いものであるかという風に考えてくると、まったく自分は無一物で他人から自分の所有権を主張されてもそれに対して立派な反対をすることは覚束ない。なんという惨めな存在なのだろう!――と考える度毎に自分はつくづくなさけなくなって来る。

「浮浪漫語」

この居場所の無さを感じるところ、あなたにはあるだろうか。おれにはある。おれはおれだと言い切れる自信のないところで生きているふりをしている。なにか一つ、なにか一つこれこそ自分だといえるものがあれば、どれだけ人生という労苦は違った側面を見せてくれるのであろうか。

俺のユウトピアは人類がことごとく極端に不真面目になることだ。お役所と警察と裁判所とイクサ人とヤマ師と高利貸と三百代言とヤリ手婆さんと、説教をする坊主と、訓戒を与える先生(など)から解放されたら、世の中はどんなにか気楽になることであろう。俺のような無精者には少々金のない位は我慢できるが、シチメンドウクサイことやキュウクツなことはとてもやりきれない。

「性格破綻者」の手帳より

いいなあ、人類がことごとく極端に不真面目な世界。たぶん、自分は不真面目だと思っている人も、おれなんかの目から見たら真面目でシチメンドウクサイことをちゃんとやってるんだ。この、低い方に人類を解放したいという考えは素敵だ。六千万人のやる気のある日本とかいうより、ずっといい。ただ、そんな不真面目な世界が成り立つかどうかなんて……知った話じゃねえよ。

五月×日

 窓を明けておくと隣の庭の若葉の軟らかい香りが折々鼻にちらつく。俺の大好きな初夏がやってきた。今日もまた俺は夕方ブラブラと上野を歩きまわった。この頃の薄明かり(トワイライト)の中を当てなしにあるくのがなによりも楽しみだ。天気さえよければ夕暮れはとてもジットしてはいられない。俺のように荒みきった男にもまだどこかあこがれ? が残っているところがうれしい。

「流吉の日記から」

忘れちゃいけないが、辻潤は江戸っ子、東京っ子である。そして、このようなトワイライトを愛する心、感じる心を持っている。あいかわらず季節には敏感でいたい、というところだろか。こういう微妙な空間、時間への意識、フラジャイルな意識があるところに、おれの辻潤への信頼があるといっていい。

○手で書く人、官能で書く人、感情で書く人、性格で書く人。

○勿論これは第二義的に見た分け方である。新聞雑誌記者、学者、詩人、小説家――そして最後に性格で物を書く人間が残る。自分はその最後の文章を書く派に属する。

「Mélanges」

さておれは日記なんてものをどんな性格で書いているのだろうか。やはりおれも性格で物を書いているような気がする。ブログの世界云々するも気が引けるが、あまり銭のために手で書く人が増えたらつまらんと思うところはある。官能、感情、性格をぶちまけていこうじゃないか。

問題はまず食うことだ。みんなが食えるということだ。馬鹿でも無能でも、低能でも、生物である以上理屈なしに物を食う権利がある。万事それが解決されてからの話だ。腹の減っている人間にとっては、文化も、文明もヘチマもトーナスもかぼちゃもなんにもありよう訳がない。おまけにいくら働いても働いても、満足に飯が食えないでは頭もなにもかも混乱してくるのだ。世の中は精力絶倫で、貪欲で、狒々みたいで狡猾で、頭脳が明敏で、残忍な人間ばかりが生存の権利をほしいままにするところなのか? そうして病身に生まれた人間、無知無能な人間、無力の女子供、老人などには生存の権利が与えられないのか?

「文学以外」

これはもう本当におれもいいたいことで、ともかくみんなが食えるということ、まあ衣食住が足りていること。全部、そこからなんだ。アメリカ大統領演説でも聞かれなかった「理屈なしに物を食う権利がある」という言葉。これなんだ。そうなるとベーシック・インカム? というような話になるのかもしれないし、違うかもしれない(おれはベーシック・インカムというものにものすごく憧れる一方で、それは政府に生殺与奪のj権利を授けてしまうことにならないかと危惧もしている)。いずれにせよ、まず食うことだ。だから、おれの「ほしいものリスト」から食うものを送ってくれよな! ←しょうもない終わり方。

以上。

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作家別作品リスト:辻 潤

辻潤は昔の人なので青空文庫で読めたりするので、是非。