『ヴァーチャル・ライト』ウィリアム・ギブスン

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「当たりまんこ! 運転だ! ミスター・ウォーベイビーが運転しろといえば、お前が運転する」

 長編一つ、短編集一つと読んで、三つ目のギブスン。だが、これはどうだろう。期待の良血馬がデビューしてみたら勝ち馬から二秒離されて入線、みたいな感じだ。舞台装置ばかりに金を掛けて、役者とストーリーがペナペナの芝居みたいだ。
 いや、舞台装置というのは比喩でなく本当だ。これは掛け値なしに素晴らしい。サンフランシスコのブリッジの上に形成される構造物、共同体。このイメージ、ビジョンは最高にいい。ただ、それも巻末の謝辞に示されてるように、お勉強の成果という感じだ。この小説を元に都市論だのなんだのを一席ぶつことはできるだろう。しかし、小説として面白いかと言えば「ノー」と言わざるをえない。
 ストーリーは単純明快。巻末解説の言葉を借りれば「聖杯探求ハードボイルド」。で、表題の『ヴァーチャル・ライト』なるサングラスが鍵になるわけだが、これがもう鍵というのは何とも中途半端な代物。どうしてこれがタイトルに、みたいな。それを巡る争いにも緊張感あるやり取りに欠け、遅脚でストーリーが進むのみ。中途半端といえば、主人公の一種の破壊衝動や、幻視なども適当に放棄か回収。ここらあたり、多少ディックの破綻を思わせなくもないが、破綻というよりもおざなりといった感じ。落ちもどんでん返しの「ど」の字も無いくらいカタルシスに欠く。
 登場人物で見どころがあるのは、身長2mでびっこ引きの黒人ミスター・ウォーベイビー。限りなく低い声で常に悲しげに喋るこの男はなかなかに魅力的だ。ただ、活躍の場も少なく、それで終わりかみたいな。ヒロインのシェヴェットは、俺の読んだギブソン範囲内では珍しいタイプで、まんこされそうになるシーンは垂涎物のシチュエーション(僅かに寝取られ入ってる)だったが、まあその程度。冒頭クビになる元警官の主人公も敗残者感もアウトロー感も薄く魅力がない。
 また、ストーリーの前提に大地震エイズ特効薬の話があって、前者はともかく後者の絡み具合も微妙。書かれた時期がエイズのムーブメント的な時代だったのだろうか。内容は、ホモの男娼が免疫のあるなんたらの持ち主で、結局狂信的な教団の信徒に銃殺されるなんて話が、切れ切れに挿入される。しかしこれもまあ、なんというかしまりのない話で、悲惨な最期をにおわせておいて単なる銃による暗殺。実験体にされて切り刻まれたとか、やれば治るということで、一万一千回くらいズンボロされて死んだとか、そのくらいはやってくれよ、と思った(どうでもいいが一万一千回というのはアポリネールASIN:4309461816 ね)。
 ああ、こんなに悪いことばかり書いてしまった。ただ、台風の一晩に読みきってしまったことからも、読むに値しない小説などではないということを言っておきたい。期待が大きすぎた、そういうことだ。ついでに言えば、この話と繋がりがあるその次のギブスンも読み始めている。そちらに期待だ。