せめて宿題のない夏休みが一回でもあったならば

 俺がめずらしくいい気分でいると耳元で「よいことは長くつづかないのだ」とささやくやつがいる。やつってだれだって俺だって話なのだけれども、なるほどよいことは確実に長くつづかないのは、そう思った瞬間にはもうすでに俺の心臓はかぎ爪にしっかりと握り込まれていて、もうよくなくなっているというわけだ。
 こんな俺にもこのままスタッフロールとエンディングテーマ、幕が下りていいという瞬間があったようにも思うが、トゥルーマンショーではない、ショーは終わらない。終わってもいいのにだらだら続いている。いくつもりまんまんで初めて、もうどうでもよくなってしまっているのに、まだ腰をふって汗をながす。
 うその人生すらつかめていないところが泣けてくるところで、ぜんぶ上滑りしている。俺は上滑りという言葉をよく使うような気がする。あと、空回り。ギアが噛み合ってない。チェーンが外れてしまって、ペダルを回しても動力は伝わらない。そもそもペダルも回してない。ペダルも、チェーンもない。
 ほら、もう夏休みは終わるぞ。また、学校に行かなくてはならない。宿題を出さなければならない。出さなければならない。まだなにも手を付けていない。そもそも宿題が見つからない。なにをやっていいのかまったく思い出せない。それでも、夏休みは終わるし、提出期限がそこにあって、俺はかならず宿題を出さなければいけないのに、宿題に手を付けていない。なにをやっていいのか見当もつかないのに、宿題はやらなければいけないし、出さなければいけなくて、俺は泣きたくなってしまう。