おれが初めて冬の下着にタイツを履き始めたのはいつのことだろう? ユニクロのヒートテックのメンズ・タイツが発売された年からだろうか。おれは年令を重ねるごとに寒さに弱くなり、冬となると、もうタイツを下に履かねば耐えられないことになってしまった。
そして今年も冬になった。おれは初めて買ったタイツを、穴がひとつふたつ空いても、なぜか捨てないでいた。いたのだが、今年一番に履いてみて、さすがにこれはないな、と思った。思ったので捨てた。捨てた分、補充しなくてはいけない。べつにユニクロということにこだわりはない。なので、なんとなく「ドンキあたりで買ってみるか」と思った。ドンキは図書館への通り道にある。
というわけで、土曜日、おれは図書館への道すがら、伊勢佐木モールのドン・キホーテに寄った。レジには長い列ができていた。おれの目的のものはその列の真横にあった。「すんません、すんません」という感じで、タイツが乱雑にひっかかっているところにたどり着いた。裏起毛、というものもある。だが、さすがに裏起毛では厚手すぎないか、などと思う。裏起毛でないものを一点、手にとった。Mサイズは少なかった。おれはタイツ一点手にとって、列の最後尾に並んだ。おれが店に入ったときより、列は短かった。
そのとき、レジは二台稼働していた。一台のレジは、なにか背広を着た男性が修理のようなことをしていた。さらにもう一台のレジは無人で、使用されていなかった。
わりと早く、おれの番が来た。レジは二人体勢。スキャンする人、レジを操作する人。スキャンする方のレジの若い男性店員に「サイズはこちらで間違いないですか? 返品はできませんがよろしいですか?」と言われた。イントネーションと名札から、中国人かと思えた。861円、だったか。「はい、いいです」と言って、財布から1,001円を出した。財布に1円玉があったから、現金払い。金を出して待った。おれの前の客の支払いが終わっていないからだ。
が、そこでトラブルが起きていた。カード支払いがうまくいかない。レジの方の店員は、若い日本人の女性だろう。そして、客はおそらく中国人、若い女性。銀聯カードの決済がうまくいかない。あまり人のプライベートを覗くのは行儀のいいことではないが、12点の商品で12,000円程度、そう見えた。
若い女性店員、いろいろとレジや、カードリーダーを操作する。よくわからなくなっているらしい。客の女性も戸惑ったふうだ。何度やってもうまくいかない。隙を見て、対面のもうひとつのレジの店員にヘルプを出す。対面の店員はこちらのレジの二人よりもベテラン風の日本人女性だった。いったん、自分のレジを閉めて、ヘルプに来る。素早い操作で処理をする。レシートが出てくる。一件落着か、と思う。
が、どうもおれにはよくわからないが、決済が無事完了したわけではないようだ。若い女性レジがパネルを操作して、困惑している。
と、そこで、若い中国人店員が、中国語でお客さんになにか言った。いいぞ、中国語でやり取りすれば、なにか話は早く済むかもしれない。お客さんも中国語でなにか返事をする。なにか……、なんだったのだろうか。結局、困惑は続く。隣でレジを修理しているらしい、レジ屋(?)の人に聞けないものだろうかと思うが、そういうわけにもいかないのだろう。
また、対面のベテラン店員に声をかける。が、なんとベテランはだれかわかる人を呼びに行ってしまった。けっこうな、時間が経っている。おれは袋詰されたタイツを片手にそれを見てた。ただそれを見ていた。
それにしてもなんだろうか、カード決済がうまくいかない理由というのもいろいろあるだろう。カードの利用枠を超えてしまっているとか、期限切れだとか。あるいは、機器の故障というのもあるかもしれない。いずれにせよ、カード決済がうまくいかなかったら、別のカードで、とか、現金払いで、ということになるのが最初の選択肢ではないのだろうか。完全に推測だけれど、男性店員は中国語で「他の支払方法にしませんか?」と聞いたのではないか。わからんけど。
しかしまあ、片手にタイツ入りのレジ袋、片手に千円札と一円玉を持ったおれはおれで、この混乱をいつまでも楽しんで見ているのも間抜けである。レジ操作もせず、少し手隙になっている男性店員に、「こっち先にどうにかなりませんか?」と聞いてみた。答えは、ノーだった。おれの商品のスキャンは終わってしまっている。先の客が済ませないといけないらしい。なかなか融通というものはきかないものである。おれの前の客、困惑、レジの女性、困惑、レジの男性、困惑。いったい、この混乱はどう収束するのだろう。
と、そのとき、使用されていなかった離れた別のレジに、それほど若くない男性店員二人が入って、「二番目にお待ちのお客様どうぞ!」と言うではないか。おれは一回レジのあれにスキャンされた身である。二番目、なのだろうか、と振り返る。と、思いのほかすごく長い行列が出来ている。レジからフォーク分岐の場所まで少しスペースがあり、おれ一人混乱の場にいる客、だったらしい。振り返ったおれを皆が見ている。おれは見ているつもりで、見られていた。タイツ一点のレジ処理をものすごく待たされている男、として。
並んでいた最初の女性が手でジェスチャーしながらおれに言う。「どうぞ」と。おれは分岐点まで戻り、別のレジに向かった。「これ、向こうでバーコード読み取っちゃったんですけど、なんかトラブルで」と言う。「ええ?」という表情でいったん困惑されたが、袋からタイツを取り出して、もう一度バーコードを読み取る。おれは金を置く。お釣りをもらう。「たいへんおまたせして申し訳ありません」。いやいや。
というわけで、おれはドンキを後にした。その後、あっちのレジはどうなったのか、おれにはわからない。銀聯カードの処理がどうなったのか、そして、一度読み込んでしまったおれのタイツ代はうまくキャンセルできたのか。
まあ、それにしても、キャッシュレス時代。自分が買い物するであろうと同じくらいの現金は持ち歩いててもいいだろうに、とは思う。12,000円くらい買い物するくらいなら、1万円札2枚くらい財布に入れておけば、とか。あるいは、別のクレジットカードとか。まあ、いろいろ事情とかポリシーはあるのだろうけど。あとは、レジもクレジットカード払いができなかったら、理由はわからんでも別方法でお願いするか、すぐにキャンセルできるマニュアルにしておくべきかな、とか。ほんとうに、なんでもない話だけれど、キャッシュレス時代を前にして、そんなところで。
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