『キリスト教と日本人―宣教史から信仰の本質を問う』という本を読んだ。本質を問うているのが目的の本なので、最後のティリッヒの芸術宗教論やマザー・テレサの話、信仰とはなにか、それは知識なのかそうではないのか、そうではないなら、そうではないで何が「信じる」ということなのか、ということを問いかけるおもしろい本であった。
が、ここでは宣教史ではなく宣教師の気になったエピソードをメモしておきたい。フルベッキの話だ。
フルベッキは明治初期に日本にいた。そのフルベッキはどうしていたのか。
攘夷思想が残っていた明治初期、いわゆるお雇い外国人は、しばしば身の危険にさらされていた。人の多いところには無法者も多く、殺人が横行しており、フルベッキもそうした事件や被害者の遺体を目撃している。彼が外出する時には刀を持った護衛がつくこともあった。
なるほど、ローニンはいきなりサムライブレードで斬り掛かってくるかもしれない。宣教師には護衛もつくかもしれない……、と、思いきや。
グリフィスは次のように述べている。「フルベッキ氏は自分のリボルバーを注意深くいつでも使える状態にしていたと私は記憶している。彼はゆるめの背広の上着の右ポケットにリボルバーを入れていた。咄嗟に用いるには一番よい場所だと彼は言っていた。酒に酔った浮浪人やならず者は言うまでもなく、人を殺すのに厭わないローニンや種々の物騒な輩が首府にはあふれていた。日本のフルベッキは命を投げ出す気持ちなど毛頭なかった」
「右の頬を打たれたら」とか、「敵を愛しなさい」とか「剣を取るものは、剣によって滅びる」ではない、剣にはリボルバーなのだ。
当時、横浜外国人居留地守備のために来ていたイギリス人の軍人二名が日本人に刀で斬り殺されるという事件があったのだが、フルベッキは、その二人の軍人は拳銃をベルトの後ろにつけていたから相手の素早い攻撃に対応できなかったのだとも言っていた。それ以来、このフルベッキ伝を書いたグリフィス自身も彼の真似をして、拳銃を上着の内側に隠せるようにポケットを付けたもらったという。
しかも、「刀より銃のほうが強いだろう」みたいな単純な発想ではなく、フルベッキの考え方にはリアリズムがある。近距離で斬り込まれたら日本刀のほうが速い。だが、懐からすぐに抜けるのであれば、リボルバーが勝つ。……なにそれ、かっこいい。いや、かっこいいといっていいのか? わからん。わからんが、拳銃相手に斬り込んだサムライだかローニンもかっこいいが、すぐ抜けるリボルバーを装備した宣教師というのもかっこいい。
とはいえ、このころの日本人も負けてはいなかった。このフルベッキから英語その他の学問を教えてもらった大隈重信。
大隈は、キリスト教を「大概浅薄」にして「恰も怪談奇談」のようだと述べ、「学識あるものに向かつては格別の価値なしと思へり」と評している。
大隈重信は早稲田大学の創設者である。早稲田大学にも宣教師の助けを借りた寄宿舎など作っている。それなのに「怪談奇談」扱いと述べている。やばいやつ。
というわけで、なにやら日本開国から明治の時代あたり、日本にはやばいやつが多かったんだろうなと想像する。そのやばさにロマンがあるといったらそう言えるだろう。それにしてもリボルバーの宣教師はありだよな。『HELLSING』のアンデルセン神父かというな。でもまあ、フルベッキはオランダ改革派だけどな。なんだそれ。まあいいや。以上。

