『モンスター』/監督:パティ・ジェンキンス

モンスター [DVD]

シャーリーズ・セロンが13kg太り、特殊メイクで連続殺人を犯す売春婦役を演じた作品。
○やはり、まずその点が気になるのはいたしかたないか。実にリアルに造られた映画の中の唯一の特殊さではあるので。とはいえ、人の顔を覚えられない俺、映画もあまり観ない俺、はっきり言ってシャーリーズ・セロンの元の顔を思い浮かべられないどころか、知らない、というのが正しいのであった。
○特殊メイクの結果は……、リアルな醜さ、そして人生の汚れを感じさせる仕上がりに(上のパッケージの写真は映りが良いほう)。でも、いくら幹線道路に立つ個人売春婦だからといって、ノーメイクなものなのかは気になった。体格のでかさ、だらしなさについては、まさに役柄にはまりすぎている。
○美女が特殊メイクでこのようなことをする。体当たりの演技をする。演技も見事なものだった。もう、途中ではメイクのことなど忘れてしまう。だけど、ふと思ったのは、逆に個性派……有り体にいえばブサイクな女優が、男優が、特殊メイクによって二枚目役に挑むとなるとどうだろう。単に逆バージョンだね、というのとはまた違った意味合いが出てくるようにも思える。ここに人間の見た目に関わる大きな何かが潜んでいるような気がする……が、はたして。
○ベース・オン・実話。とはいえ、その実話を俺はぜんぜん知らない。おそらくアメリカ人の観客の多くが持っている、この事件を伝えたマスコミの報道内容、主人公像などは知らない。それはある意味いいことかもしれないが、しかし多少作り手の意図に追いつけない部分も多かったかと思う。それはたとえば主人公の犯罪数だったり、あるいはこの一連の事件を起こす前の前科などであり、銃の扱いその他についての手慣れたあたりであったり。
○なぜモンスターは生まれてしまうのか。生まれついてのモンスターなのかどうか。この映画の言わんとするところは、後者についてノーだ。ただの夢見る少女がそう生きられなくなった事実、生きさせなかった世界について描く。これは一面、この殺人者の弁護になるのかもしれない。
○その点で批難するような意見もあるだろう。「8歳でレイプされ、兄妹を養うためにティーンエイジャーから売春を繰り返し、それが元で家族に捨てられても、立派に生きている人がいる。殺人が肯定される理由にはならない」など。
○でも、俺はそう思わんよ。たまたまどの穴から生まれたかとかいう、人にはどうしようもないenvironmentの差で、周りにどんな大人たちがいるかという、三歳児にはどうしようもない差で、決定的に変わってくるもんだと思うよ。作中で「良識派」のおばさんが「ニガー」を引き合いに出すところも、原因と結果を偏見のスイッチで逆転させてるに過ぎない。
○もう生まれてしまったモンスターについて、その背景を描くことは、次のモンスターを生み出さないためのきっかけになる。俺はそう思う。(→「因」しかどうにかできないからこそ……秋葉原通り魔事件について)
○などといいながら、これは異国の実話(ベースの映画)。たとえば、我が国の実在犯罪者、死刑囚をテーマに、日本版『モンスター』(ドクターテンマは出てこない)に対して、おなじ態度を取れるかどうか。うーん、別に国はあんまり関係ないか(日本実録犯罪映画……見たいのたくさんあるな)。むしろ、見るものの生い立ちや現状とかとどういう距離にあるのかとか、そのへんかも。
○しかしこの飲んだくれどもの、ある社会の底辺。チャールズ・ブコウスキーの世界などとも通じるだろう。同じくそったれの世界だろう。アイリーンも捨てられた動物や、障害者、弱者には優しかったという証言もあるらしい。でも、両者の結果が違うのは何か。そこもやはり、たまたまの差、といえるかどうか。ある意味、装いと虚像に満ちた「正しい世界」とこの映画の世界を比べるより、ちょっとだけ難しい話なのかもしれない。よくわからない。
○一回見終えたあとに、オーディオ・コメンタリー付き早送りでもう一回。映画に使われる音楽の使用許諾を得るのは大変そうだ、とか。バーは実在の、実際のものだとか。あと、襲う役襲われる役が、(あえて?)撮影開始直前の初対面であったりとか、その辺興味深い。これも見終えてのちに知ったが、シャーリーズ・セロンの生い立ちは主人公のそれとリンクする部分がある。
○初対面といえば、この映画で一番いいシーンは、冒頭のアイリーンとセルビーの出会いのシーンかな。往々にしてポジティブな意味が強い「出会い」の、ポジティブでありながら、お互いにとって決して悪いものでないはずでありながらも、そうでないところの予感があるところの。
○そうだ、黒い髪の目の大きな同性愛者の少女(よりちょっと上か?)の女優、本上まなみみたいで、それでいてむちむちしていてさらにやけにオッパイがでかいこの人は誰だろう、もちろん、この複雑な役を信じられないくらい見事に演じて、シャーリーズとの関係で張り合ってる、これはすごい、エンドロールですぐに確認しよう! とか思っていたら、何のことはないクリスティーナ・リッチであった。俺のようなものを騙すのに、何時間もかかるメイクなど必要ない。