なにか一つあれば

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なにか一つおれの人生にあれば、おれの人生は今とは違っていただろう。なにか一つ、それは才能や学習や努力によって習得できる技術、そんなもの。そんなもの一つないから、おれは今の惨めな人生を生きているし、これからも生きることだろう。唐突にそれは終わるだろう。けれど、なにか一つあったならば、その唐突な死すら心地よく受け入れられたろう。おれは無明に生まれ、無明に死す。なに一つなく、なに一つないことである境地に達するわけでもなく、この世になにも残さず死ぬ。なにか一つでよかったんだ。高望みかもしれない。この世の何割の人間がなにか一つを持っているのだろう。いや、多くの人がなにか一つを持って生きているのだろう。うまく楽器を奏でるとか、プログラミングができるとか、そんな技術を。おれには技がない。無力だ。非力だ。絶望的だ。かといって、今からなにか一つを得ようと思うには遅すぎる。おれはそれに気づくのに遅すぎた。アルコールを飲み、アルコールにむせ、アルコールを吐き出し、それでもアルコールを入れ、終わり無い終わりに絶望し、終わりを夢見る。なにか一つ、なにか一つおれにあったならば、おれはこんな人生を送ることはなかっただろう。人前でうまく話すテクニック、注文通りのイラストを描ける能力、天性のものでも、専門学校で手に入れられるものでも、なんでも構わない。おれにはなにもない。おれになにかがあったなら、おれはこんなにみ惨めに生きている必要はなかったんだ。たぶん、そうなんだ。それくらいの夢想は許して欲しい。おれにはなにか一つあればよかった。それは贅沢すぎる願いだろうか? なにか一つ、なにか一つ……。