関外停電日記

 午前十時五十分、私たちの事務所内が沈黙した。蛍光灯は輝くのをやめ、ラジオはさえずるのをやめた。すべてのパソコンはただの箱となり、電話機から声が聞こえることはなくなった。冷蔵庫は冷やさず、ネットからは遮断された。ブレーカーが落ちたのではなかった。ここらあたり一帯が、沈黙した。
 しばらくすると、通りには何事かと外に出る人の姿。パソコンを扱う仕事、機械を扱う仕事、全ては停止せざるをえない。普段はあまり喋らない人と人との交流がそこにはあった。しかし、仕事にはならない。みな、所在なさげに外をぶらぶらしている。社内の携帯から東電に問い合わせると、原因不明、復旧まで少なくとも五十分とのこと。
 やがて、サイレントともに東京電力の車が来た。止まっている信号もあるため、パトカーもやって来た。東電の作業員に原因を訊く人がいた。返事は「原因がわからないのでゼロからの作業です」。あたりの人の話では、エレベーターに閉じ込められかけた人がいるとか。あるいは、有料駐車場に車を停めていた人が困惑していた。料金支払い機も停止しており、ストッパーが外れないのだ。誰かが言った「こんなところにテロをしたって何にもないぜ」と。近くで道路を掘り返して工事をしていたけれど、それも原因ではなさそうだ。東電の作業員はあちらこちらの電信柱に登り、「開放ー!」などの声とともに作業を進める。頑張れ。 
 私は野次馬的にカメラを持って、あたりを徘徊した。買ったばかりのサンダルでズルズルと。すると、ビルによっては電気がついていたり、ついていなかったり。新しいビルはついているように思える。大きな通りに出ると、そこの信号は流石に無事だった。外は日が射し、少し暑かった。
 やがて徘徊にも飽き、事務所に戻った。実のところ、私が使うのはノートパソコンであるPowerBook G4なので、停電しても平気なのだ。撮った写真を見て、つらつらとこの文章を書いていた。仕事を続ける気になんかなりませんよ。……と思ったのを神様に見透かされたのか、突如光が戻った。天使たちは神の栄光を讃える歌を唄い、三千世界は安堵の吐息で満ちた。そして、仕事が帰ってきた。おお、停電よ、果てぬ労働に差し込んだ一筋の光、瞬きの恩寵。せめて東電の広報車の謝罪のアナウンスが途切れるときまで……。