民主主義の故障

http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/news/20060922k0000m030027000c.html

タイのクーデターについて、スノー米大統領報道官は20日の定例会見で「失望した」と述べた。ソンティ陸軍司令官は移行憲法起草や総選挙実施の方針を表明しているが、同報道官は「民主制を回復するとの約束を早く果たすよう希望している」と軍政の早期終結を促した。

 タイのクーデターのニュースで二度驚いた。一つはクーデターそのもの。もう一つはその落ち着きっぷりに。
 無知により知らなかったが、これは‘タイ式クーデター’とも言うべきもので、国際式とはルールが違うらしい。あわてているのはタクシン首相と家族くらいかもしれない。言い過ぎか。それでも、なんというか、牧歌的にすら見える。その様子から一歩進んで、なんかいいんじゃないのか、くらいに思える。あくどい金儲けの政治家を追い出したみたいに見える。
 その背景には、多くのタイ国民に支持されている、プミポン国王の存在があるからかもしれない。ウィラポン・ナコンルアンプロモーションが敬愛してやまない国王だ。それを、日本人として、どこか天皇と重ね合わせて見てしまうのかもしれない。もちろん、タイはタイで、日本は日本、だけれど。
 そういうわけで、「これはこれでタイの民主主義なんだ、いいじゃないか、アメリカさん」くらい思ったり。
 でもな、やっぱりあんまりよろしくないよな。タイ王室が国民から絶対の信頼を得ていたり、軍部がそれほど割れていなかったり、タクシン派が抵抗しなかったりと、いろいろな要素に恵まれてのケース。世界の歴史を見れば、王家そのものが割れることだってあるし、軍が割れることだってある。名君の子孫が名君とは限らないし、暫定的な権力のはずが長期独裁につながることもある。タイ式でもクーデターはクーデター、やっぱりリスクが大きすぎる。
 というわけで、タイ飯をこよなく愛し、タイ人格闘家がダメージを受けたあとの笑顔の凄みを愛する俺としても、アメリカに倣って早期の民主主義の完成を願うことにしよう。むろん、クーデター以外はタイ式でね。しかし、こういうことにはうるさいアメリカが「失望した」くらいで済ますんだから、まあ、タイ式も普及しているっつーことだろうかね。