30分だけ外側にある自由

 どうという理由もなく30分遅れで出社する。30分違うと街の雰囲気がずいぶん違う。人の気がおさまっている。雰囲気の気がおちついている。朝の慌ただしさのかけらも感じられない。猫が歩いている。習い事に向かう小学生がそれを見ている。夏季講習に、いつもと違う通学路を歩く女学生がいる。ぼくにもそんな時間があった。いつもと違う通学路があった。自由と不自由がまぜこぜになった平日の午前があった。
 ぼくはそんな街の中を生き物のように自転車ですりぬけながら、いつもよりゆっくりすり抜けながら、そんな自由を取らなければいけないと思う。もう夏季講習への午前は誰も与えてくれないのだから。もっと自由に、生きたようにならなければいけないと思う。
 ……と、着いてみれば普段より10分、10分だけ遅いだけだった。たった10分だ。たった10分で、世の中の流れから外れたような気になれる、働く機械人間なのだった、ぼくは。ただ、なんでそんなぼくが、順調な学校から就職への階段を途中で抜け出して、茶髪でピアスのニートになって、競馬ばかりしていたのかはよくわからない。ただ、誰にも言ったことはないけれど、なんとかなるような根拠のない自信だけはあったんだ。駐車場のかげで眠る猫くらいの自信だけは……。