さて、帰るか

4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/02/18(水) 03:07:22.36 id:PLbmYOHu0
ブロロロロッ・・・ガチャ・・・ブロロロロロ

http://cpch.jp/archives/993

 そろそろこんなんが聞こえてくる時間。夜型人間だった俺。中学生のころからそうだった。夕方、家に帰ってきたら、まず寝るんだ。それで、夜中の十二時頃起きて、だいたい、そろそろ寝ようかって親と顔を合わせたりして、あとはもう夜の世界。で、朝まで起きたり、小一時間くらい寝て、シャワー浴びて行ってきます。このパターン、大学受験の日まで適用したんだからたいしたものだった。あとはもう、夏休みとかは完全に逆転していた。ひきこもってるときも、当然のように逆転した。何度、あのブロロロロッ・・・ガチャ・・・ブロロロロロを聞いたかわからない。あのブロロロロッ・・・ガチャ・・・ブロロロロロは夜の終わりを告げる残酷さであると同時に、「この時間に起きている人間が俺以外にもいる」という、人間の消息という、そういうブロロロロッ・・・ガチャ・・・ブロロロロロなんだよ。もしもブロロロロッ・・・ガチャ・・・ブロロロロロがなければ、この世に二度と朝は来ないし、俺以外の人類はいない。もしそうなればとても甘美だけれど、少しさみしい。ブロロロロッ・・・ガチャ・・・ブロロロロロはそれを告げる音なんだ。ブロロロロッ・・・ガチャ・・・ブロロロロロっていうことによって、俺は俺の夜にくるまっていることができなくなって、それは悲しいことだけれど、そうでないのも悲しいってのはうすうす知ってるんだ。ブロロロロッ・・・ガチャ・・・ブロロロロロは人間の矛盾を告げる音だ。矛盾とともに生きていくしかない、という諦念の音だ。俺はブロロロロッ・・・ガチャ・・・ブロロロロロっと毎朝音を出す人間にはなれないし、そのあとにくる朝に生きたい人間でもない。ただ、ブロロロロッ・・・ガチャ・・・ブロロロロロを感じられる人間でいたいと思う。この徹夜仕事は、そんなことを思い出させてくれた。さあ、俺もかすかなブロロロロッ・・・ガチャ・・・ブロロロロロを出しながら帰ろう。この明け方とあの明け方はつながっていて、人と人はブロロロロッ・・・ガチャ・・・ブロロロロロって繋がっているんだ。それじゃあ。