人間が意味をなさない文字列にひきつけられるのってどんな性質なんだろうかね?

 なんかこう、こういうの読むともやもやするよね。無駄とわかっていても、意味と意味、言葉と言葉の絶望的な溝をどうにかしたいと思うよね。なんか目を話せないキモさがある。
 ひょっとしたら、人類の文化とか文明とか、このあたりのもやもやをどうにかしようともがいて、たまに「どうにかなった!」みたいなことが重なって築かれてきたのかな。
 ……いや、とってつけたような、そんな都合のいい話はないか。というか、俺はむしろ、なんらかの直感だの直観だのと思われる何かが先にあって、あとからそれを埋めてこうなってきたというような、そんな思いがある。そこで注意したいのは、直観だの直感だの霊感だの啓示だの、それが本当にあるかどうかなんてものは問題じゃなくて、たまたま結果的に何か物理と結びついたものだけが、そのように扱われるというだけであって、まったく誰にも顧みられないそんなものは、もうこの一刻一刻あらゆる人間の脳の中で生成されては即座に消えているとか、そのように思う。思うだけで、ニュートリノみたいに観測したわけじゃない。

東海林さだおの再評価を

 俺はそんな話をしたかったんじゃない。上の記事を読んで即座に思い出したのは、東海林さだおの漫画だった。『ショージ君の漫画文学全集』の、えーと、あれ、何巻だ? まあいい、110選を買えば載っているはず。ともかくこれである。

 どうよ、まったく上のスレの意味不明さそのまんまじゃねえのか。しかも、これ、面白いんだぜ。つーか、東海林さだお、面白いんだぜ。
 そうだ、俺はそれを声高に言いたい。ネット上で、どうも東海林さだおの評価が低いんじゃないか、と。俺がどうにか日本語を読んだり書いたりできてるところの、大きな部分を占めている東海林さだお、面白いんだぜって。なあ。なんかわかんねーけど、コボちゃんのコラみたいにたまにネタになっていたり、あとは、「現在の」庶民感覚と離れたサラリーマン漫画とかdisられてるくらいじゃねーの。
 でもよ、ショージ君のコラムよ、こんなんブログだったりしたら、もう完全にアルファなんとかで、毎回ホッテントリ入り当たり前みてえな、そんなもんだぜ。なんつーか、食い物ネタから、猫ネタから、しょうもない些事への着目、なにもかもだ。
 まあ、ともかく、俺はそれを言いたかっただけなので、おしまい。

 
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