おれは鹿島茂が「ドーダ」について言及しているのを読んだ。「ドーダ」の始祖は東海林さだおということになる。ということで、東海林さだお、赤瀬川源平の対談にたまにゲストが入るこの本を読んでみた。なにせ、鹿島茂がゲストの一人にいるからだ。
結果としていえば、鹿島茂がこの対談に持ち込んだのは「おままごとボーイ」という概念であって、「ドーダ」については語られていなかった。が、べつのところで「ドーダ」は出てきたし、いろいろと面白い話があったのでメモしておく。
赤瀬川 動物がそうですよね。ネコ見てると、ケンカ仲間みたいなのが出会うと、お互いにフーッtか唸りながら、でもやらないときは目をつぶるんですよ。あれ、つぶって見せているのね。相手もそれを受けて、「俺も今日はそうだよ」って目をつぶって見せる。
東海林 無防備になって平和を呼び入れる。
「第1話 いくつになっても挨拶は難しい」
そして、赤瀬川が、動物行動学の日高敏隆が飼われているヤマネコに相対したときのエピソードを語る。ヤマネコはでかいし怖い。しかし、目をつぶりながら近づいて、一応触ってきた、ということらしい。このあたりの話、最近、研究結果としてネットで読んだ。
第4話「プロ野球ヒミツのはなし」では、ゲストに豊田泰光を迎えている。
吉田義男のエピソードが興味ぶかい。
豊田 あと感動したのは、僕、プロ野球に入って十年後に国鉄スワローズに移ってセントラルに来たでしょう。そうしたら、阪神のショートが吉田義男で、彼はチェンジの時、ランナーが走った跡なんかをきれ~にならしているんですよ。それがいつやってるのか分からない。
日米野球のとき、そのならしっぷりをよく見たという。
豊田 僕もならしていたけど、土の上っ側を柔らかくしているだけで、単なる穴ぼこふさぎだったんですよ。ところが、吉田はスパイクで、鍬でならしたようにきれ~いにしている。まるで畑ですよ、畑。一番上の土が柔らかく、まるでパウダー・スノーのようになっているんです。そうすると、打球の勢いが弱まるもんね。それで、止めることができて、勝利につながるわけだ。
さらにこうである。
豊田 吉田のはならすだけじゃなくて、ショートの守備位置からバッターに向けて何本も線を引いてあるんですよ。これは訊いたわけじゃないけど、打球を目測するための一つの物差しだったんじゃないかなという気がするんだ。あの線に打球が来たら、もう一歩踏み込む、とかね。
さらには、ポジション別の人格について。
赤瀬川 他人のせいにする。それがプロとして長くやるコツなんでしょうね。
豊田 そう、生き抜くコツ。一番はやはり四百勝も勝つ人ですよ。国鉄へ入ったとき、金やんがカーンとセンター前ヒット打たれた。ベンチへ帰ってきたら、「トヨ。お前、あれくらい捕らんかァ、オラーッ!」(爆笑)びっくりしたですよ、そこまで言う人、初めてですから。
赤瀬川 豊田さん、どうしたんですか。
豊田 「おう、捕れんことはないよ、今度とるから」って、そのバッターの次の打席が回ってきたとき、金やんのすぐ後ろを守った。「何すんか、おまえーッ!」「いや、さっきの球、ここ通ったから、ここにる」「勘弁してくれぇ」(笑)
とはいえ、豊田にはいろいろな先見の明というか、アイディアにあふれていた。
赤瀬川 昔はバックネット裏から映していましたよね。
豊田 ネット裏からいいカメラ位置を探せばいいんですよ。
さらには、三塁コーチャーの目線のカメラなどもあればいいという。ピッチャー側からのカメラで「こんなところに投げたら打たれますよ」では、野球人気につながらないという。正直、おれはバックネット裏からの画像というのはあまり知らないが、そういうものかもしれない。球審カメラもあるくらいだから、三塁コーチャーにカメラをつけていいかもしれない。
豊田 僕が一番見せたいのは、ホームスチール。ブワーっと来るんですから。
赤瀬川 ああ、迫力あるでしょうねえ。
豊田 でもホームスチールそのものを何十年も見たことがないよ。
東海林 ないですね。
豊田 見るためには、ホームスチールに懸賞金をつけたらいいんだ。幾らの価値があると思います?
ここで、豊田の言う価値は「一億円!」。年俸の安い選手がサードランナーになったら、クビになってもやるかもしれないよ、という。ワンプレーに懸賞金、なにかチームプレーに問題が起こるかもしれないが、おもしろい発想だ。年俸や契約とは別に、個人プレーに懸賞金を出す、というのは……問題も多そうだが、面白くもあり。サイクルヒットにNPBから幾ら、みたいなのがあってもいいように思う。
あとは、「ミスター」についての逸話。
豊田 何度も言ってますから、知ってるかと思いますが、長嶋が巨人に入団した年にオープン戦で福岡に遠征に来て、二塁まで出塁して来て「豊田さん、豊田さん、今晩なんとかしてくれ」って。
東海林 試合中に!?
豊田 「毛穴から出そう」って(笑)。こんなこと聞いたの初めて。
東海林 いい表現だなあ(笑)
赤瀬川 さすがに言うことが違うな(笑)
これはもう現代であれば大問題の発言なのだろうが、昭和の話なので。それにしても「毛穴から出そう」ってすげえよな。
「ドーダ学」について語られているのは、黒鉄ヒロシがゲストの回だ。
黒鉄 赤瀬川さんが高弟で、僕が小僧(笑)。「ドーダ学」を発見したのは、いつ頃なんですか。
東海林 もうとっくに気づいていたんです。つまり、人間の会話の八割はドーダなんです。これがうちの学会の第一の核ですね。
赤瀬川 たとえば?
東海林 「いやあ、うちの息子も何とか東大に入っちゃって」とか。
赤瀬川 ああ、「学歴ドーダ」。
人間の会話の八割! 「善人ドーダ」、「笑いドーダ」、「分かったドーダ」。逆に負の価値を転換させる「病弱ドーダ」、「謙虚ドーダ」……。なるほど。ちなみにおれは下からの「ドーダ」で勝負しているので、そこんところよろしく。「中退ドーダ」、「貧しいドーダ」だ。
いっぽう、東海林さだおの「ドーダ」に対抗する(?)ように、赤瀬川も「老人力」のようなことを述べる。
赤瀬川 僕は若い頃、神経がちょっと細かったというかね、すぐクヨクヨするから、不眠、おねしょから始まって、胃を切るまでいっちゃった。
東海林 すごい神経が鋭敏だったんだね。
赤瀬川 そう、鋭敏というのは、よくもあり悪くもあるんですよ。で、初老くらいから、わりと……。
東海林 図々しくなった(笑)。
赤瀬川 うん。それから、マイナス的な感受性は鈍らせていますね。あまりクヨクヨしないように。
これよな。ただしい「老人力」の用法よな。
あとは「タタミイワシを食べるのは大罪」みたいな、くだらなくもそうよなあと思うやりとりなどあり。
東海林 できることなら、なるべく少ない殺生で生きたいね。
赤瀬川 うん。もし僕が牛だったら、あるいは人間が食料にするなにか巨大な生きものだったら、やっぱり「こいつの一食のために俺が命を落とすのはもったいない」って思うもん(笑)。
東海林 殺される方の論理ね。牛なんか、生まれたときからそういう一生の生活設計ができてるわけでしょ。
赤瀬川 本人は知らないけどね。
東海林 人間に食べられれるために生きている。よく考えたらこんな罪はないよ。
赤瀬川 僕たち、もう相当な数の生命を奪って生きてきたんだよね。
東海林 タタミイワシなんか……(笑)
赤瀬川 あれは大量虐殺だよ(笑)
東海林 すごく大きい食物連鎖を考えたら、人間もその中に入ってるんですよね。本来はね。
赤瀬川 うん、でも、今、人間食うってやついないからねえ。
昨今はヴィーガンの信奉者や、反ヴィーガンの強力な物言いなどよく目にするが、おれとしては「タタミイワシは大量虐殺だよ(笑)」くらいの意識でいる。というか、いたいと思う。大切なの「(笑)」だ。そのくらいの余裕があって、それでいて、自分が牛だったら嫌だなぁ、くらいの意識でいて、それでいてハンバーガーとか食う、そんなん。でもって、牛よりマシかなと思って大豆バーガーとか食うのも自由、そんなところ。
ちなみに、この本は2003年に出版された。赤瀬川原平は2014年に死んだ。豊田泰光は2016年に死んだ。そういう時代の話である。