ショージ君もそんな歳か……東海林さだお『ガン入院オロオロ日記』を読む

 

ガン入院オロオロ日記 (文春文庫)

ガン入院オロオロ日記 (文春文庫)

 

おれが書くおれの文章に一番影響を与えたのはだれか? 答えは、東海林さだおである。おれはいろいろな文才のある人のすばらしい文章から影響を受け、ことあるごとにパクっているのだが、なによりもその根源にあってパクるもなにもないほどに染み込んでいるのが、東海林さだおの文章だ。

『明るいクヨクヨ教』東海林さだお - 関内関外日記

 人間の思考のエンジンは、OSは何かといえば、言葉にほかならないだろう。少なくとも俺はそう思う。「初めに言葉ありき」だ。そして、「我思う、故に我あり」なのだ。少なくとも俺は。そして、その「言葉」について自分に一番の影響を与えたのは誰か。一番と言ってしまうと、両親ということになろう。しかし、それに匹敵するくらい影響を与えたのは、東海林さだおであった。
 東海林さだおを与えられたのは、漢字交じりの文章が読めるようになってすぐだ。父が「文章とはこのように書かれるべきものなのだ」と俺に与えたのだ。読み聞かせられる絵本や童話を脱し、自ら読みはじめた最初の文章が東海林さだおのコラムだった。それが、俺の言葉の根幹に食い込んだのは当然の話だろう。そしてそれは、かなり適切なチョイスだったと言うしかない。それ以後俺は、少なくとも学校の国語や作文に困ることは一切なかったし、入試も小論文一本で仕留めたという手応えがあった。もっともそれは、幼い頃に「東海林さだお」教の洗礼を受けてしまった俺が言うことなのだからあてにはならない。それに、そもそも東海林さだおは実用書なんかじゃない。

まあ、ともかく、おれにとって東海林さだお、ショージ君は、おれの根幹に食い込んでいるものであって、おれが昭和のサラリーマン的な価値観や理想を抱いているのも、なにか世をにぎわす話題ではなく、どうでもいいことについてなにか書いてしまうのも東海林さだお的なものの影響なのである。

とはいえ、二十年以上前に実家がなくなり、同時に親が購読していた週刊誌などを失うとともに、東海林さだおの文章に触れることも少なくなった。少なくなったところで、おれの東海林さだおエンジンが増えたり減ったりするわけでもないが、ともかく減った。無くなった、といってもいいだろう。

で、先日、図書館で『ガン入院オロオロ日記』東海林さだお、というのを見かけて、おれはオロオロしてしまった。東海林さだおがガンにかかっていたなんて、まったく知らなかった。おれはその本を手にとった。

そして、おれはこの本を読む前に「そういえば、東海林さだおはいま何歳なんだろう?」と思って、最終ページの著者略歴をまず読んだ。そしておれはオロオロしたのであった。

東海林さだお(しょうじ・さだお)

本名庄司禎雄。昭和十二(一九三七)年東京生まれ。

戦前(戦中?)生まれ! おれはびっくりした。おれは東海林さだおの年齢というものを意識したことがなかった。実際の世代というものを考えたこともなかった。おれのなかの東海林さだおといえば、半ドンで、屋上でOLがバレーボールする、昭和のサラリーマン世代、というだけだからだ。おれにとって、「大人」である昭和のサラリーマン世代。おれ自身が令和のおっさんになっても、なんとなくいつまでも中年なりかけのショージ君、のイメージであったのだ。

この『ガン入院オロオロ日記』が発行されたのは二〇一七年。算数が苦手なおれでもすぐにわかる。七十歳! ……いや、八十歳だ。そりゃあ、おれも四十歳になるわけだ。いやはや。

正直、おれがこの本で一番の衝撃だったのは、東海林さだおの年齢だった。いや、べつに衝撃を与えるようなエッセイを書く人ではないのだけれど。それにしても、そうか、もうそういう時代なのか。東海林さだおも八十歳になるし、ガンにもなるのか。

とはいえ、東海林さだおの文章は、あまり変わらない。

「入院したことありますか?」

と訊かれて、

「ある!」

と答えた人、

「ない!」

と答えた人、

「何回もある!」

と答えた人、いずれの人にも共通していることがひとつある。

 いずれも嬉しそうに答える、というところが共通している。

 よくぞ訊いてくれた、と言わんばかりにヒザをのり出して答える。

 それゆえに筆者は、「ある」にも「ない」にも「何回もある」にも、「!」のマークを付けざるをえなかったのである。

 「ない!」と答えた人が嬉しそうなのはよくわかる。

 健康自慢の人である。

 (こんなにも丈夫なオレ)

 「ある!」と答えた人はどうか。

 病気自慢の人である。

 (こんなにも病弱なオレ)

 この真逆な自慢に、誰もが納得してしまう不思議。

 「何回もある!」と答えた人に至っては、頼まれてもいないのに、大急ぎでシャツをめくってお腹の手術の傷跡を、

 「ホラ、こことここ!」

 と自慢げに見せびらかせたりする。

「実際の入院や手術はそんなに甘いものじゃないよ」というのが今どきのまっとうな反応かもしれない。おれですらそう思う。そう思うが、一方で、おれの脳裏には「こことここ!」という手術自慢の人がありありと思い浮かぶのである。それがおれの思考のエンジンの軸に東海林さだおが組み込まれているせいかもしれない。そうではなく、人間のどうにもしょうもないところを的確に描いているせいかもしれない。おれにはその判別がつかない。

で、こんな調子で入院、手術、入院の話が続く。とはいえ、続くとはいっても十七のコラムと対談が収められている本書のうち、たった三つである。おれは「東海林さだおがガン!?」と思って意気込んで読み始めたのに、「入院患者がガラガラ引きずっているガラガラはイルリガートル台」とかいうよくわからない知識を得て、それでおしまいである。あとは、「ミリメシ」を食べたり、「肉フェスティバル」に行ったり、「ガングロ喫茶」に行ったりして、あいも変わらずである。大昔読んだコラムで、アマレスやラグビーを茶化していたのもそのままに、オリンピックをディスったりもしている。ディスるといっても、そもそも争いごとが嫌いな人の言うことである。変わらんなぁと思う。

はたして、いつまで東海林さだおの「変わらんなぁ」を味わえるのであろうか。東海林さだおも変わってしまうかもしれないし(実際のところ、往年の切れがないかもな、とは思った)、おれも変わってしまうかもしれない。もう、お互い、そういう年齢でもないのかとも思う。それでも、ヒゲ抜きについて語る東海林さだお節に、「そうよな」と心から同意してしまうのである。オロオロなんかする必要はない。なあ、そうだろう。

 

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……こんなん、ミルクボーイの漫才みたいやんか。

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ここでは「東海林さだお澁澤龍彦村上春樹近藤唯之、高橋源一郎鈴木大拙ながいけん」と名前が上がっているが、右の検索ボックスから「東海林さだお」で検索してもらえばわかると思うが、おれのなかでセットになっているのが「東海林さだお」、「いしいひさいち」なのである。この両者がおれの根幹にある。