あのころの江ノ島よ……東京するめクラブ『地球のはぐれ方』を読む

 

東京するめクラブ 地球のはぐれ方 (文春文庫)

東京するめクラブ 地球のはぐれ方 (文春文庫)

 

村上春樹都築響一吉本由美の三人組が「東京するめクラブ」らしい。おれはよく知らない。おれはこのところ仕事がきつく、読書の気力がない。だからなんというか、大作の小説なんか読む気もおきない。そこで、こんな感じの本を手にとったりする。だって「東京するめクラブ」だし、ね。

それでもって、まあ、この三人が地球をはぐれて、名古屋、熱海、ホノルル、江ノ島、サハリン、清里などに行くのである。

江ノ島が入っている、というのが気になった。本書の初版は……2004年かな。ちょっと前の、というか、けっこう前の江ノ島ということになる。むろん、本書では何回か、「あくまで訪れたときの情報や風景だからね」みたいな自己言及がある。ゆえに今の名古屋、熱海、サハリン、清里なんかは、また新しい顔を見せているかもしれない。

江ノ島も、だ。まだ、灯台が昔のバージョンだったころの江ノ島だ。

『驚異の交通「エスカー」の記録』(ハロルド・イシイ著 美並山博訳)によると、柄スカーとはExtra-transport Sysitem of City Areaの略語で、その起源は帝政ロシアの物理学者で後にアメリカに亡命したイワン・サンドロビッチなる教授のアイデアに遡る……ということらしいのである。

(吉本)

 ……いや、どうもこれは民明書房なのだけれど、まあエスカーは今もあるか。エスカーはいい。対談でこんなことを言われている。

 

村上 要するにあまりやる気がないんだよね。雨が降る日まで働くこともないやって感じでやってる。

都築 でも、そういう向上心がないところに行くと、僕たちはとても落ち着くんだよね。

吉本 そう、客が求めていることがぜんぜん見えていないところがいいの

都築 下手に見えちゃうと……

吉本 カフェ作る。

これである。おれが最後に江ノ島に行ったのは……いつだったか。それでも、元鎌倉市民であるおれが、洲鼻の通りから「なんか変わったな」というのが、江ノ島にまで及んだのは覚えている。つまりは、「カフェできてる」じゃなかったか。いや、カフェあったかな。でも、たこせんべいみたいなのは、いかにも当地の名物みたいな顔して、できたのはそんなに古くないよな、とか。

村上 マージャンをするには理想的な環境だよね(笑)。売れ残りの江の島丼を食べながら、近所の人たちと宅を囲む。雨戸を閉めて、じゃらじゃらじゃらとっさ。いいよな。

で、村上春樹にはこんなこと言われている。まあしかし、江ノ島本島に住む人々の暮らしというのは、やはり今でもいまいちわからんし、なにかしら特殊な感じがする。島全体が、なにかしら「パワースポット的」であって、やはり橋の向こう側の陽キャとは違い、どっかしら陰があるようにも思う。今にしても。

まあ、なんというか、熱海がジャカランダとか植えていい感じに復興しているとか、なんというか、いい具合の寂れというものは、そのまま無くなってしまうか、変わってしまうか、その時を逃しては、というのはある。おれはハワイに行ったことがないが、ホノルルにいくとばかになってしまって、それが心地よいとか、そんなのはわからん。でも、「その時」をとりあえず目利きが訪れて書き残すのは悪くないよな。ときどき「こんなもの東京じゃ食べない」とか、「ホテルニューアカオみたいな」とか、「おれたち本物を知ってるかんね」みたいな上から目線が出てくるけど、まあそれもご愛嬌。

本物というと、わりと気楽に書いている村上春樹もたまに「やっぱりおれこういうの書けるんだかんね」みたいな(なんで東海林さだおのかく嫌味キャラ風の言い回しになっているのか)、そんな文章もある。

……初夏の太陽の下で緑の草原が気持ち良さそうに呼吸し、色とりどりの野生の花がどこまでも連なってる。カラフトハナシノブ、コウリンタンポポ、エゾリンドウ、スズラン……。手のひらくらいの大きさの蝶が、その上をひらひらと、どこかに向けて飛んでいく。海岸には人影がなく、海にも船の姿がない。水平線の上には小さな白い雲が浮かび、潮の香りのするオホーツクからの風が草の葉をときおり揺らせ、空を小さなイワツバメの群れが舞っているだけだ。遠くの方に灯台がぽつんと見える。「あれは戦争前に日本人がつくった灯台だ」とカニをとっていた地元の漁師が教えてくれた。「それをそのまま使っている。日本人は良い灯台をつくる。きちんと計画を立てて、設計して、しっかりと作る。ところがロシア人はそうじゃない。思いつきでつくって、あとで後悔するんだ。とにかくあれは良い灯台だ」

 彼は顔をしかめ、またカニとりに戻る。カニは潮が引いたあとの岩場の、コンブの陰にじっと隠れている。まるで深層意識のひだのあいだに息を潜めている、過去の欲望のように。

(村上)

こんなん。こんなん好きな人もいれば、「ケッ」と思う人もいるだろう。おれは割りと好きなのだけれど。しかしこれも、たぶん草花の名前を知ってる誰かがいて、漁師の言葉を通訳するだれかがいて、それでもそんなんスルーして、こんな言葉にしてんだよな。悪くない。

そんなわけで、なんかこう、地元だとか、思い入れのある地名があったりしたら、読んでみていいかもしれない。おれは「じゃあ、今の熱海はどうなってるのか」、「清里ってどうなのか」などと気になった。しかしまあ、とりあえず江ノ島かもしれない。

 

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……江ノ電の駅の雀の服は本書でも言及があったな。けっこう歴史ある。