月夜、電線の上から岡本太郎の顔、やつらの家と電線

 今夜の横浜の月はまるく、赤かった。足の痛みからしばらく、一進一退の攻防、走ったり、歩いたり、休んだり。今夜は走るターン、ゆっくり、ゆっくり、本牧の方まで。お供の曲はZEEBRAからスチャダラパー。今日もマジで暑いぜ。

 今日もマジで暑いぜ、といえば「真っ昼間」だが、「今日も暑い」と思うと「今日もマジで暑いぜ」が想起され、さらに一歩進んでその前の「Hey Yo!」が脳内で再生されるようになった。部屋の中で道路で職場でひとり「Hey Yo!」とぶつぶつ言ってるやつがいたら、それは俺である。

 そういうわけで、月夜のもと、ヘーイヨー、ヘーイヨーと走って(なにその民謡風)帰ってきた自宅近くのことである。ふとなにかの気配を感じた。横切る電線の上をとことことこと歩く二匹の影。猫ほど大きくなく、リスほど小さくもない。ナマケモノのようにのろのろとしてはいないが、リスのように走っているわけでもない。要するにハクビシン。漢字で書けば白鼻芯、これを英語にするとホワイトマズルかどうか。まあ、まったく見かけない、珍しい連中でもない。ただ、二匹がほとんど距離もなくとことことこと電線の上を歩いている、そんな様子は珍しい。
 俺はおっさんだが大人気ないので、ポケーっと口開けてとことこ歩いてハクビシンの後を追う。つがいかきょうだいか、なにかわからぬが二匹の後を追う。たまにやつら立ち止まってこちらを見下ろす。猫に似ている。俺、見上げる。フシュ、フシュと鳴いているのか鼻息なのか音を立てる(俺でなくハクビシンが)。しばらくにらみ合って、またとことこ歩き出すやつら、俺も後を追う。また止まって見下ろす、俺、見上げる。やつらの顔が何かに似ていると思う。まんまるな顔にまんまるな目、中央を走る一本の線。
 ああ、岡本太郎だ、と思う。太陽の塔の顔でもいいが、なにか動物のような、小さなやつ、あれだ。おい、おまえら、あれなのか?
 また、とことこ、ピタ、とことこ、ピタ。だるまさんが、ころばない。だるまさんが、慧可の断臂を気にしない。フシュ、フシュ。何分経ったか、とことこ歩きながら、俺はこのままハクビシンの国に連れて行かれるのではないかと思った。電線というものがどこまでつながっているかわからないからである。
 と、やつら、細い支線に左折する。一軒家につながる細い線。ドンっと音がして屋根の上に飛び降りる。またドンっと音がしてもう一匹。ここがやつらの家か。その家といえば明かりもなく、まあ毎日前を通るのでなんとなく知ってはいるが空き家である。廃屋とは言えぬが、空き家である。この空き家がハクビシンたちの家になっているのだろう。贅沢な話ではある。
 まあよろしい、勝手に住んで、増えるがいい。都市に人間以外の生物がいないと、人間はなにか勘違いしてしまう。やばくなったら電線を伝って逃げればいい。電線というやつは、中を流れるものが何で作られるかは変わるかもしれんが、とうぶんの間なくなりはしないだろうし、えらくどこまでも張り巡らされている。どこかに逃げて、そこで新しいハクビシンの国でも作ってくれ。できた暁には俺もハクビシンになって移住するとしよう。フシュ、フシュ。