本を読まないガキが読むようになるまでのこと

 ちょっと前に話題になったこの記事のブックマークに次のようなことを書いた。

本棚どころか壁が本棚仕様で作られてて、「本は借りるな、借金してでも好きなだけ買え」が家訓のわが家が没落、離散して俺がワーキングプアなのはなぜなのだぜ。

 はじめに断っておくが、家訓というのは嘘。親父が言ってたのは本当。ただ、壁というかなんというか、本棚になっていたのは本当。父が好きなだけ本を買っていたのも本当。祖母がアホみたいに古典と推理小説を揃えていたのも本当。「うちにはそこらの図書館よりいい本があるから、図書館など行く必要がない」などと言われて育ち、図書館をほとんど利用したことがないのは本当。Amazonの無い時分、紀伊國屋書店オンラインのアカウントとパスを教えられ、「好きなだけ買え」と言われたのも本当。プチブルだった我が家が離散して、俺がはてなのエリートたちから淘汰されろ、死ね、存在価値のないゴミ奴隷自慢のゾンビ企業ワーキングプア、と毎日言われているのは本当。
 で、当該エントリその他関連エントリなどで紹介されている児童向けの「いい本」の紹介を見るに、ほとんど読んだことがないのに気づいた。絵本もである。せいぜい馬場のぼるの『11ぴきのねこ』シリーズくらいか。あれはあんまり「正しいこと」を言ってこなくてよかった。まあ、そのあたりの欠如が俺の没落の原因かもしれない。あれだけ本に囲まれて、また、好きなだけ本を買っていいと言われて、俺はなぜ『十五少年なんとか』とか読まなかったのか。そこが躓きのもとだったのではないか。

11ぴきのねこ

11ぴきのねこ

 それじゃあ俺はなにを読んでいたのか。……圧倒的に漫画と言っていい。漫画ばかり読んでいた。コロコロとボンボンと『がんばれタブチくん』と『バイトくん』と『ショージ君』と『タンマ君』と『アサッテ君』、これである。昭和50年代半ばの生まれながらにして、バブル以前のしみったれた昭和プロ野球と昭和サラリーマン世界が根っこのところにあるといっていい。サラリーマンといえば屋上でバレーボール、土曜は半ドン、課長がいつかは夢のクラウン。

 活字の本で生まれて初めて面白いと思ったのは、東海林さだおの『コラムで一杯』である。ほとんど字で構成されている本で面白い本というものがあると知ったのはそれが最初だ。東海林さだおのソフトカバーのコラムはよく読んだ。だが、小学校、中学校、高校と、本はあまり読まなかった。ジャンプ、サンデー、マガジン、モーニング、アフタヌーン近代麻雀、漫画ばかり読んでいた。父は「本を買ってもいいが、漫画は除く」の方針だったが、そのころは漫画を小遣いで買えるくらいに裕福だったのである。弟もいたし。 というわけで、俺ははっきり言って本読みとは言いがたい。漫画オタクの奨励会員ではあったかもしらんが、本が好きなお子さんではなかった。そこのところで、なにかこう、自分の趣味が読書だとか、本好きだとか言いがたいところがある。一方で、漫画の方は金の切れ目がなんとやらで、これもまたまったく縁遠くなってしまっている。
 とはいえ、人並み程度に本を読みだしたのはいつで、なにがきっかけだったろうか。……なんだろう。中学、高校のころは、なぜか「フィクションの小説なんて子供のものだ」という厨二病だかなんだかを患い、新書ばかり読んでいた。まあ、ひたすらに漫画が多く、あとはエロ漫画とエロ本とエロ漫画とエロ本なのだが(いや、 ……あと、週刊文春、新潮、朝日を小学校高学年の頃から毎週読んでいたことと、愛すべきクソ雑誌『GON!』とか、『別冊宝島」とか、雑誌から受けた影響も大きかった。これについてはあんまり過去記事にないな)。で、新書にしても、だいたい背伸びしていたし、速読で読み散らかしていただけなので、身になったような覚えはない。特定の分野に興味を持ったわけでもないし、好きな書き手が生まれたわけでもなかった。
 まわりはどうだったろう。まわりでは、わりかしラノベ読みがいた。いたが、まったく読む気はおこらず……、でも、『銀英伝』は読んだ。なぜだ。きっかけがわからない。父の本棚にあったわけでもなく、自分で買った。なぜだろうか。本気でわからん。唐突だ。かといって、それから田中芳樹の他作品や他のスペースオペラ作品に行ったわけでもなく、ぽつんとあのシリーズだけ浮いているようだ。道原かつみの漫画やスーファミのソフトが先ということもないし、アニメが先でもなかったろう。なぜなんだぜ。 あとは、わりかし早い時期の読書で思い出すのは澁澤龍彦か。そう、男子校の男子中高生などは頭の中がエロ汁でできていて、父の本棚からエロそうななにかがないのか、いろいろ探っていたりもしたものだった。それで、サドとか読み始めたが、だいたい「若気る」が読めない。とはいえ、そこから澁澤のエッセイなど読み始めたし、河出の文庫を書い、『高丘親王航海記』の単行本も自分で買った覚えがある。

高丘親王航海記 (文春文庫)

高丘親王航海記 (文春文庫)

 ほか、中高生時分、なにを読んだろうか。祖母と母は海外ミステリー読みだったが、あまり興味がわかなかった。その後、新本格をほんのいっとき読んだことがあったが、もうニートのひきこもりの頃か。ちなみに、新本格は祖母と母の守備範囲外のようだった。
十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

 人に薦められると、あまり読む気がしないというところはある。中学のころ、センスというかなんというか、まっとうな先生だと思える人がいて、その人が筒井康隆をみなに薦めたことがあった。あまり学校の先生が薦めるようなもんじゃないが、と言ったし、たぶんそうなのだろうと思ったし、たぶんすげえ面白いだろうとは思ったが、いまだに一冊も手が出ていない。たぶん俺は筒井康隆を読んでいそうな人なのではないかと勝手に思っているが、知らんのである。

 ただ、父の薦めるものはわりと読んだかもしれない。それで、軽く薦めてくる娯楽もの、フレデリック・フォーサイスとか、そのあたりを読んだような気はする。エルロイもそうだったか。一方で、思想系や民俗学系はどうだったろうか。覚えていない。部屋の一角を占めていた吉本隆明を薦められたことはなかったろうか。あんまりなかったような気がする。ただ、薦められてもいない、田村隆一高橋源一郎、そんなのを拾っては読んでいたように思う。そのあたりは、書店での出会いに近い。

 教科書に載っていたり、お札になったりしているような作家の作品というのもほとんど読んでいない。夏目漱石太宰治芥川龍之介、ええと、なんだかわからんが、そういうあたり。せいぜい三島由紀夫をいくらかというところ。このあたり、まるで自分に背骨がない感じはある。いつか読もうと思っているが、たぶんいつかは来ないような気はする。
 とはいえ、まだ生きている作家の小説というのもあまり読んでいない。いや、高村薫宮部みゆきは読んでいたような気はする。とくに前者、これは親のどちらかが買っていたかもしれない。他はというと、うーん、そうだ、村上春樹はどうだろう。あれを読み始めたのは? 文庫の棚にピンボールのやつがあった。そのあとは自分で買ったのか? 村上春樹経由でアーヴィングやレイ・カーヴァー、フィッツジェラルド、カポウティとかはあって、村上春樹は大きかった。アーヴィング読んで「小説すげえおもしれえ!」とか思ったのはある。

ホテル・ニューハンプシャー〈上〉 (新潮文庫)

ホテル・ニューハンプシャー〈上〉 (新潮文庫)

 あと、司馬遼太郎は生きていたのだっけ。あれは祖母の本棚で、『燃えよ剣』から読み始めて、主要な小説は読んだか。『街道をゆく』は手を出していなかった。わりとメジャーなのはこのあたりか。ああ、祖母のところには時代小説もたくさんあった。そうだ、藤沢周平とか、津本陽とか、隆慶一郎とかな。読んだ覚えはない。ただ、山田風太郎は読んだ。半村良は父がプッシュしてきて手を出した。『妖星伝』はあとのことだが。

完本 妖星伝〈1〉鬼道の巻・外道の巻 (ノン・ポシェット)

完本 妖星伝〈1〉鬼道の巻・外道の巻 (ノン・ポシェット)

  ……って、きりがないな。なんだ、まあ、家に本棚があって本がたくさんあるとどうかというと、やはり積ん読効果じゃないが、なにかしら影響はあるだろう。ある作家をハブとして、いろいろ広がっていくこともある(俺の場合は澁澤と村上春樹)。ただ、あんまり親が「これはこどもの教育にいい」とかいう視点で「いい本」を薦めてくるのは面白くない。あんまり子供に見せたくないあたりを勝手に見ているのを気にしない、くらいがいい。

  ……いや、そこが肝要なんだよ、そこで、はてなスターがたくさんつくような良識的な本を薦めるのがいい。「僕はこれで読書好きになりました」って言えるような、ナイスな本を。そうじゃないと、俺みたいなティピカルな落伍者になる可能性が高い(かもしれない)。

 しかし、結局、どこからフラフラと古本屋に入って隅から隅まで棚をサーチするようになったのかとか、そこがわからん。収入の割に平気で定価より高くなっている古本を買ってしまえるようになったのか、わからん。そこを思い出せればと思ったのに。

 ただ、鎌倉にいたころ、藤沢の聖智文庫とかあっちの方は行ってたので、横浜で一人暮らしを始める前ではあったろうか。SFを読み始めたのも家にあった『チャンピオンたちの朝食』、『タイタンの妖女』からか。仏教系はこちらに来てからのもの。ブコウスキーもこちらに来てからのもの。柳田國男折口信夫はついこないだ。あるていど好きに本が買える生活はたぶんそんなに長く続かない。そうなったら図書館行くよ、エアコンもきいてるだろうしな。おしまい。

関連_________________________

 ……ラノベは『ハルヒ』と『ストライクウィッチーズ』関連以外読んでいない。ほかに一冊買ったけど、文章とフィクションの練り込みがひどくて代物で投げ捨てた。

 ……こないだ祖母から以下の本を頼まれてAmazonで買った。最近も本ばかり読んでいるらしい。

江戸怪談集〈上〉 (岩波文庫)

江戸怪談集〈上〉 (岩波文庫)

百人一首一夕話〈上〉 (岩波文庫)

百人一首一夕話〈上〉 (岩波文庫)