西村賢太『苦役列車』を読む

苦役列車 (新潮文庫)

苦役列車 (新潮文庫)

 曩時北町貫多の一日は、目が覚めるとまず廊下の突き当りにある、年百年中糞臭い共同後架へと立ってゆくことから始まるのだった。

 今更ながらといってはなんだが、『苦役列車』を読んだ。冒頭の文からしてこれである。出会い頭にぶん殴られたような気になる。ルビは振ってあるが「曩時」が読めない、意味がわからない。つづく北町貫多と来て、それが人名であるかどうか、なんだかもわからない。そこで動揺していると後架ときてまた意味がわからない。冒頭にして一発かまされた、という気になる。
 そしておれは唐突に佐藤泰志のことを思う。四度芥川賞の候補になり、四度とも受賞できなかった小説家である。佐藤泰志は若くして自死を選んだ。
 『苦役列車』は佐藤泰志の小説に似たところがある、と思った。男と男の出会いがある。女を含めた妙な三角関係がある。そして、肉体労働がある。
 が、しかし、『苦役列車』を前にすると、佐藤泰志の肉体労働にはどこかスポーツのかげが見え隠れする。本人がランニングをしていたことや、それを作品にしていたこと、あるいは水泳をしていたことと関連付けてしまっていいのかわからない。あるいは、時代背景の違いをいってもいいのかわからない。いずれにせよ、佐藤泰志が、おそらく自分の十八番としていたところには、なにかそういった健全さが見え隠れしていた。
 それに比べると、西村賢太の方がストレートだ。ストレートにラーメンが獣臭い。そして、冒頭のようなけれん味がある。露悪的ともいえるユーモアがある。なんらかの一発があって、それはなかなかに強烈だ。時代も選考者も違おうが、片方が獲れて片方が獲れない、そんな何かを感じた。むろん、おれは文芸誌など読まぬし、どんな作家の名を冠した、どんな文学賞があるのかなど知らないのだが。ただまあ、芥川賞は朝日杯かダービーだろう、というくらいには認識しているのだが。
 というわけで、『苦役列車』にはいささかやられた。他の西村作品にも手を出していこうかと思う。いつになるかはわからないが。
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