無憂宮というのがどこかにあるという。
おれに宮殿はいらない。
ちいさな木の家でいい。小高い丘の上にあるといい。ロッキングチェアで居眠りしてしまえるくらい静かだといい。窓が開いているといい。そよ風がレースのカーテンを揺らすといい。午前でもいいし、午後でもいい。春だったらいい。
おれはこの上なくゆっくり立ち上がる。
おれにするべき苦役はなく、なんの義務も負っていない。
おれはドアを開けて外に出る。スズメたちが逃げて飛び去る。菜の花がたくさん咲いている。その向こうに海が見下ろせる。海は日の光を反射しているといい。
おれは腕を組んで空のほうを向いて目を閉じる。ギューと目を閉じる。日の光がぼんやりと感じられる。あたたかな光が感じられる。
目を開くと2本の蛍光灯。前を向けばコンピュータの画面、未決かゴミかわからない書類が積み重なっている。腕時計、赤ペン、ハンドクリーム、マグカップ、冷えたインスタント・コーヒー。
おれに宮殿はいらない。