今でも瞼を閉じれば鮮明に浮かび上がるキャバレーホンコンのネオン。そして、遙か先に輝く「城」の魅惑……。「城」の中についてはいずれ語る日が来るかもしれない。しかし、あの日、あのときの暗黒世界のなま暖かい息吹は、幼い私を毒し、その魂の無垢を穢した。同じ悲劇を、繰り返してはいけない。
大船駅北口紀行 - 関内関外日記(跡地)
会社新年の営業は五日からだが、四日朝一番に用件のあった俺だけ一日早く仕事始めとなった。朝一番に用件を終えてしまうと、あとはメールも電話もなく、まぬけな印刷屋の営業が二人新春仕様の名刺持って来ただけであって、勝手に半ドンにした。半ドンにして映画に行った。園子温の『恋の罪』である。ブルクあたりに来ていたような気もするが、昨年末はそれどころではなかった。が、きちんとジャック&ベティが拾い上げてくれていたので助かった。
さて、『恋の罪』だ。ウェブサイトで情報を見てびっくりした。田村隆一の「帰途」が出てくるというのだから。考えてみれば、『冷たい熱帯魚』のでんでんが地球を表現する名台詞は、まるで「再会」のラストのようだった。
詩人・田村隆一。もし、俺がなにか本に、言葉に救いのようななにかを求めるようなとき、そんなときに開くとすれば、ボロボロのカバーの『田村隆一詩集』(思潮社現代詩文庫……映画の中で使われてたのもこれかな?)だろう。ともかく、なんといったらいいのだろうか、田村隆一は自分の中のアイドルのようなものだ。そして、とくにボロボロのカバーの『田村隆一詩集』は父の本棚から見つけて読んで、詩というもの、言葉というものの威力にぶん殴られたような衝撃があった。かといって、その後、ほかの詩人の詩を読んだり、自分で書いたりするようにはならなかったわけだけれども。……チャールズ・ブコウスキーと金子光晴もとくべつな存在だが、詩というよりも自伝か。
して、本作中の「帰途」というと、なるほど重要なところで出てくる。えらく大きなモチーフだ。ただ、やはり監督の抱く「帰途」、劇中演出の「帰途」と、俺が二十年近く読んできた「帰途」は違うといえばまったく違うものであって、なまじっか知っているだけにそこのところだけ意識が少し映画から離れちまうようなところがあった。ただ、劇中のあの人にはそうだったんだと。でも、なんというのか、そりゃ、現代詩世界ではどうかしらないが、俺がひっそりと愛着を抱いてた詩集の詩が映画館のスクリーンで朗読される、作中にぶち込んでくる、そのこと自体はなにか嬉しいような、面映いような、そんな気持ちにもなったりした。いや、それになんつっても、『冷たい熱帯魚』の監督だしさ。
しかし、田村隆一とこれか。なんかこう、なんとなくの印象だが、ダンディーでかっこいいミスター田村、わりと後期になるのか、『続続』くらいになると、なにか急にギクッとなるような女性や性についてのえげつない感じのやつがあって、あのあたりのテイストとか、そこになんかフィットするようなところもあるか。
言葉は人間をつくってはくれない
言葉が崩壊すれば人間は灰になるだけだ
(「ぼくの聖灰水曜日」より)
いや、田村隆一の話ばかりしてても仕方ない。ベースにしているのは冤罪の方で話題になっている東電OL殺人事件。ただ、あくまでベースというか、そういうあたり。でもって、結構思ってたよりサイコサスペンス感があったりもした。水野美紀も、自らなにかを抱えている女刑事だし。それでもまあ、圧巻は昼は大学助教授、夜は娼婦のあの人でしょう。すごい綺麗だった。
そんで、最高の場面といえば、あのおばあちゃまの出てくるお茶のシーン。たぶん声出して笑ったわ、マスクしてたけど。あれは最高だよ。ちなみに、うちの父方のおばあちゃまは同居している父と折り合いが悪く、寝言ではっきりと「早く死ねばいいのに!」と連呼しているらしい。母によると、祖母自身のことか、それとも自分の息子のことかわからないらしいが。いや、機能不全家族というやつなのですよね。まあ、サイコでサスペンスというと、そのあたりの親子関係がバックにないわけがないというのが、精神医学だか精神犯罪学だかの最新の知見なのだかどうだか。ただ、そういう知識があったとしても、いちいち登場人物を精神分析するようなもんじゃねえよな、というような思いもあるけれども。
それで、元になった事件の東電エリートOLが、夜は……に共感あるいは羨望、女性を惹きつけるようなところがあったとかいう話だったと思うが、じゃあそのへんはというと……どうなんでしょうね。えらく若い男と付き合ってるいい女を一人知っていますが、一緒に観る勇気はない、といっておく。でも、感想は聞いてみたい、いつかね。でもまあ、あの小説家の奥さんが、鏡の前、真っ裸で、ウインナー売りの練習するシーンとかよかったな。
それとあと、あの小説家先生の持っていたカバンがかっこよかった。あれには惚れた。高いブランド物だったりするんだろうか。あと、もしスマホ時代の今が舞台だと、ケータイへし折れないよな。それとそれと、『城』がキーワードになってんだけど、俺の中ではこの項の冒頭に掘り返してきたとおり、大船のラブホテルにほかならず、またそのあたりで余計なところに意識が飛んだといっていい。カフカ? 知らね。まあいい、ともかく、あんまり書いたことはないけど俺はラブホテルが大好きだ。
と、あちらこちらに話も飛び始めたのでこのあたりで。今年は一ヶ月に二本くらいは映画館で映画を、という目標を立てていて、とりあえずの一発目が当たりといっていいこれだったので幸先はよい。ま、映画なんか見てる余裕がある一年になるかは知らないが。
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……田村隆一についてはいろいろ書いてたりいなかったりするので、右上で検索して。
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