園子温『希望の国』を観た。事前情報はあまり入れていなかった。福島の原発事故以後の、架空の県を舞台としているということすら知らなかった。ただ、ある日、たまたまチャンネルがあった教育テレビのドキュメンタリで、この映画の試写を、まさにこの映画のモデルとなった家で行ない、途中で監督と神楽坂恵がいたたまれなくなって外に出てしまうさまは見た。『ヒミズ』では絶望が希望に負けた。それじゃあ、『希望の国』で彼らをいたたまれなくしたストーリーとはなんだろう。
ある程度、予感はできた。最初にガイガーカウンターを取り出すシーンでほとんど確信できた。そしておれは、『冷たい熱帯魚』のように目に見えるわけではない暴力、あるいは戦争の光景に、そこに生きる人間にただただ見入るよりなかった。
殺人の歓びも亡霊の恐怖も姦通の大罪もなくなった
デカダンスなきぼくらの世紀末
ナチス・ドイツの夜と霧のガス室
ソビエット・ロシヤの強制収容所
日本列島に落とされたアメリカ合衆国の二箇の原子爆弾
そのおかげで
鶴屋南北の想像した亡霊たちの出る幕がなくなった
亡霊はあくまで個人なのだから
集団と組織と国際化の世紀末にはお化けに会おうと思ったら
大資本が経営するお化け大会へでも行かなければならならない
― 田村隆一「螺旋状の断崖」より抜粋
今回はじっさいの被災者の声が引用されているらしい。『恋の罪』で田村隆一の死が引用されていた。田村隆一には「個人」の死、不在についての詩がいくつかある。上の詩でいけば、原子爆弾の次に福島の原発事故を入れてもいいだろう。世紀末は去り、しばらく来ないが。
しばらく来ないが、結局繰り返されるのだろう。はじめは悲劇として、二度めは笑劇として? よく知らない。知らないが、この映画が福島の繰り返しであるならば、やはりいくらか喜劇じみてしまうのか。どうしてもそうなってしまうところはあるだろう。二度か三度、決して満員ともいえぬ客席から笑い声が漏れた瞬間もあった。そして、破壊されたもの、廃墟の世界は意味もなく美しい。
でも、ともかくやっぱり人間はいるんだぜ、という。個人や夫婦、家族ってものがあるんだぜ、という。集団と組織に、巨大なものに対して、小さきものがいて、声があるんだって、そういう叫びがあるんだって。そうだ、巨大なものはすべて悪だ……。そしてそこに亡霊は現れる。
……などと横浜市中区でなにか語った気になるおれに杭はうたれ、銃口は向けられる。でも、だからって? 3.11のころの日記を読み返し、あのときの恐怖や警戒心を思い出したところで。あるいは、もう放射性物質もなにも関係ないと、端からあった希死念慮の強化、……あるいはそれが遠因でおれは精神科に通っているのか。
まあともかく、原発も反原発も、放射能の恐怖もおれにはどうでもいいという、それもまざまざと感じさせてくれた。おれには帰るべき故郷もなければ、固い絆で結ばれた家族もない。都心でも田舎でもない中途半端なところで没落、離散した中流階級の末路。映画の人物の中で、一番ラーメンが獣臭い気持にさせてくれたのは、役所の若いやつのつく悪態だったが、彼とて役人であって、などと考える、この染み付いた下から目線の小汚さ。
ただ、おれだって木石じゃあない。目に涙を浮かべ見入っていたんだ。一応は血も通ってるし、体温も0度じゃない(どころか、一向に微熱が下がらない。風邪が治らない。そのせいで、マスクしてこの映画観たんだけど、偶然なんだからね!)。じゃあ、その涙はどこから来たんだろう。「きみはきみが選んだ言葉以外のすべてを殺した」上でこんなことをたらたらと書いて、後悔しないわけでもない。ああ、こういうとき、言葉なんかおぼえるんじゃなかったって言うべきなのか。
最後に、取ってつけたようなことを書く。原発事故についてこの速度で、真正面から、フィクションという形で表現してみせた園子温はすげえと思う。いや、もっと早く『ヒミズ』でやってみせたフットワークの軽さと、胆力みたいなもの。さっき読んでた若松孝二の自伝では、その時代その次代というか、その時々の事件を即座に映画に取り込んでいったことがいろいろと語られていた。
三島由紀夫が自殺した時ね、代官山にホテルがあったんですよ。そこで俺と足立が脚本書いてた。何か違うやつやろうって脚本書いてた。で、テレビ見たら事件をやってるんですよ。それ見て「アッ! これだ! やるのはこれだ!」てんで急遽変わったのが『性輪廻 死にたい女』('70)なんですよ。
事件の四日後ぐらいに撮影を始めていた。12月にはもう上映してるんだから。これもみんな面白い映画だって言ってくれたなァ。
という具合に。……つーか、なにそれ観たい。まあともかく、舞台挨拶で「来年にはすごいものをお見せできる予定だ」ってちょっといたずらっ子みたいに言ってた若松孝二はもういない。行け行け園子温、などと勝手に応援したい。
悲報を聞いた際は、「驚きました。最後の戦う映画監督と僕は思っていました。僕はあれほど戦えるのかなって」と、自身と対比した思いを。「そういう意味ではぜひとも若松監督にこの映画を観てもらって、『こんなんじゃ甘いぞ!』とか言ってもらって、『俺は東電を叩きのめすぞ』というのを言って、シビアな映画を撮ってほしかった。惜しい人を亡くしたと思います」と、悼んだ。
園子温監督 故・若松孝二監督の次回作は東電だったと告白!遺志を継いで行きたい - News Lounge(ニュースラウンジ)
それでもって、おれはまだこの両監督の代表作級で観ていないものがたくさんある。それを楽しみにとっておける時間が長いとも思わない。
>゜))彡>゜))彡>゜))彡
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映画館メモ
今年映画館で見た映画は、
『恋の罪』、『ヒミズ』、『国道20号線』、『サウダーヂ』、『天皇ごっこ 見沢知廉たった一人の革命』、『劇場版ストライクウィッチーズ』、もう一回『劇場版ストライクウィッチーズ』、『サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』、『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(舞台挨拶つき)、『トータル・リコール』、『アイアン・スカイ』、『魔法少女まどか☆マギカ 前編』、『魔法少女まどか☆マギカ 後編』についで14本目。ちなみに、今日もブルク13で、『まどマギ』のパンフ売ってたけどもう買うのもなんなので、400円のガチャまわして出たのが上の写真のほむほむ。