わたらせダーク・ツーリズム

1日目


 おれはなんの意図もなしに城山三郎の小説を読んだりはしない。『辛酸 田中正造足尾鉱毒事件』の話である。日本近代の公害問題。これを現地で見てこそ現代、そして未来につづく云々。決しておれの行きたかった浄土ヶ浜が遠すぎると女に却下されたせいではない。こんなところにも闇を感じずにはおられない。

 東海道線で東京を目指す。うそである。湘南新宿ラインでいっきに高崎まで出て、高崎から両毛線で桐生へ。

 わたらせ渓谷鐵道。本当である。ただし、トロッコ列車ではないし、今は紅葉の見頃でもない。構うものだろうか。しかし、おれは存外こういった電車に乗るのが好きだ。わざわざ乗りに行く感じだ。大井川鐵道銚子電鉄芝山鉄道……。

 わたらせ渓谷鐵道トロッコ列車ではない)は、苦しそうな音を立てて山中を行く。余裕で座れた車内、小学校低学年くらいの子供らの集団がキャッキャさわぐ。悪くない。大井川鐵道のSLのその先を思い出す。

 途中、レストランのある駅で駅弁売が車内に。子供たちが色めき立つが、そういう予定ではないようだ。こちらはどういう予定もないので、呼び止めて肉の載った飯の駅弁を買う。これがうまい。子供たちの視線をびしびし感じながら食うのも一興である。

 途中、廃墟のようなものが見える。

 これがなにものかはのちにわかる。

 そして話はこのエントリの頭に戻る。足尾銅山観光。小学生の多くが「足尾銅山鉱毒事件」という語呂のよさに虜になったであろう、その場所である。大杉栄伊藤野枝が、和田久太郎(たぶん)が労働争議に訪れたその場所である。その規模の大きさに圧倒されてはならぬと、田中正造はあえて谷中村の人々を連れて来なかったというその場所である。……しかし、ダークな雰囲気はあまりない。あと、足尾銅山観光の最寄り駅は足尾駅ではない。ダークなトラップだ。

 ちょっとだけトロッコに乗って地下の施設へ。うだるような暑さの地上とは違い、非常に涼しくて快適。

 ボタンを押すと蝋人形が動いたり話したりする。これが闇中ということもあってわりとリアルであって、「夏休み特別企画・蝋人形のなかにたまに本当の人間が混じっててあなたを驚かせる」などということでもやられたら、ひと夏で二、三人死ぬに違いない。
 展示は江戸からはじまり、明治・大正、そして昭和へ。労働環境について、公害について、触れぬわけにはいかぬが、かといって、大鉱山としての足尾、そもそも鉱山ってどんな仕組みでどんな仕事してんのかという話もしなくちゃならんわけで、まあ勉強になりました、と。

 ヒッ。

 と、あ、これさっき見たやつじゃん。と、本物のミニチュアを意味なく擬似ミニチュアモードで撮ったりする。1973年まで現役の鉱山だったらしいが、施設がまだ残ってると。あの、廃墟マニア垂涎のような施設が。

 この中とか、どうなってるんだろうね。

 世界遺産言うなら、あっちも保全したりしといたほうがいいんじゃないのかね、など。鎌倉は「ブツ」の少なさで負けたというし。余計なお世話か。

 さて、足尾銅山観光、土産物物ゾーンなども昭和の風で、これはこのまま別のなにかに保全したいなどと思ったり。あ、写真は関係ないから。というか、銅山は銅山だけど、ここで売ってる銅のマグカップとかってべつにここの銅じゃねえだろうとか。せめて「足尾銅山」とか彫り込んであったりすればいいんだが。さすがに「足尾銅山鉱毒事件」と刻めとは言わない(おれなどは逆にかなりの確率で買うが)。それと、田中正造グッズとか。やっぱ「敵」なのかね。いや、グッズにするなという話か。このあたりもダーク・ツーリズムの難しいところか。あ、おれダーク・ツーリズムの例の本読んでません。

 それでまあ、時間も余ったのだし、おれには一つ案があった。偶然東スポで見て気づいたのだが、桐生競艇場がナイター開催中なのだ。「ガハハ、万舟獲って帰りは新幹線のグリーン車にしちゃるけえ」とか言って結局有り金を全部すって、女にハンドバッグでビンタされて一人ぼっちで赤城おろしに吹かれるのだ。これぞダーク・ツーリズム。え、赤城おろしって冬なの?

 ……という案は強硬に却下され(三競オートについて馬の走る競馬はいいが、他には偏見があるらしい。北関東競馬のなくなったことに今さらながら悲しみを覚える)、ちょっと途中下車して渡良瀬川散策へ。あ、わたらせ渓谷鐵道はわりと運賃高いし、フリー切符を買っておくと得なので。でも、気軽に乗り降りというほど本数がないので、わりと時刻表とかとにらめっこすることになる。まあどこだっけ、大間々という駅で降りる。

 渡良瀬川の一部。

 大学生か高校生か、水着姿になって急流に入り、石にしがみつくという行為をしていた。多分遊泳禁止だが、遊泳じゃあない。というか、楽しくフリーに泳いでいたのに流された、とかいう話ではなく、しがみつくor死のゲームだ。なんのメリットがあるのか。その場の内輪のノリ、というにしてはきちんと水着を用意してるし、よくわからない。ひょっとしたら、地元に伝わる成人の儀式に向けたトレーニングかもしれない。いずれにせよ、救急に電話したりするのは面倒なんで足早に立ち去った。

 あ、この石は、大きな岩のくぼみにはまって、激流で長いことゴロンゴロン転がってこうなったとか云々。

 そして桐生。チェックインまで時間もあるので市役所でも見に行こうかとしたら、だれもいない(飲食店などがあるのは駅の向こうだったらしい)。

2日目


 両毛線栃木駅栃木駅から東武日光線板倉東洋大前。栃木での乗り換えに30分待ち。というか、南関東人の上から目線だが、電車の本数とか時間の感覚が違うんだろうな、とか。いや、モータリゼーションか。ちなみにおれはモータリゼーションできない病気持ちなので、モータリゼーション観光はできないが、できたらいいなと思うことはある。あるていど時間を気にしない、好きな所で停められる。えーと、その他いろいろ。で、これは板倉東洋大前。板倉東洋大学という大学があるのか、東洋大学の板倉キャンパスなのか知らない。上り電車(北関東からだと地図上の下に向かうのに「上り」というところに違和感を覚える南関東人)から見て右が大学がある(らしい)側、左が渡良瀬遊水地

 そうだよ、今日の目的地は渡良瀬遊水地。晩年の田中正造が廃村にさせまいと人生をかけた谷中村の沈む場所だよ。谷中湖。まさにダーク……って、もういいですか? 湖畔を自転車で走ると気持ちいいということなので、レンタサイクルしているところへ。このあたりは駅からの誘導もしっかりしている。で、本来4時間いくら、1日いくらというところ、「夏の特別企画・スタンプラリー」ということで、これをやるならロハですみたいな話で、こっちとしてもだだっ広い遊水地のどこ行くべきかってのがわかるのは都合よく、やりますということに。

 借りられる自転車は三種類。ただのママチャリ、マウンテンバイクらしき自転車、そしてこのビーチクルーザー風。おそらく速く走るにはマウンテンバイクらしきやつが良さそうだったのだけれど、カゴがついていない。旅行荷物をカゴに入れたら楽じゃねえかとビーチク選択。「タイヤの空気だけは確認してください」と言われるも、ブレーキが全然効かないし、三段ギアが気まぐれという代物だった。「サドルの高さはここで変えてください」と勝手に下げられる。いや、見ての通りおれはちびでございますが、そんな低くしたら足疲れるだろう、とか。まあいくらか高くしたけど。ともかく、こいつで渡良瀬遊水地へ。

 で、湖畔(全体をさして遊水地、水がはってあるところは谷中湖なのでこの表現)の道は自転車レースにも使われるらしいサイクリングロードになってて、まあ自前のロードで走りたいなあって。でも、一方で木陰があんまりねえから、腕が日に焼ける。長袖とか用意してねえし。

 つーか、この酷暑の中を自転車で走ってるのは物好きなローディだけじゃないの。ちくしょう、いつだったかクロスバイクで江戸川サイクリングロードを北上しきったところまで来てんだ。今度は来てやんよ、横浜から日帰りでな(←たぶんやらない、できない)。まあいい、スタンプラリーしようぜ。

 にしても広い。一面の……。

 こんなにでかいオタマジャクシは見たことがない。

 と、スタンプを探すうちに迷い込んだ旧谷中村ゾーン。




 移設されたであろうお墓などがあった。神社跡でなんとはなしに手を合わせたりもする。ここが谷中村……。足尾銅山との距離を考えてみたりもするが、想像がつかないというのも正直なところ。

 と、少し感慨にふけるも、それよりも現実の暑さにまいっちまう。

 ある意味、皮肉なラムサール条約? これもダークといえばダークかね。それはともかく、売店は営業中なので焼きそばとかき氷を買って食う。





 あとは重いペダルを漕いで、効かないブレーキを足で補い、スタンプを集め。自転車を返しに行って、記念品に子供向けのおもちゃを貰ったぜ。

 どっかで一休み、と思っても、住宅ばかりでそういう場所が見当たらない。駅の裏側にある食品と衣料品を扱うショッピングセンターにテーブルと椅子がある休憩ゾーンみたいのがあって、そこで買った菓子パンと飲み物を飲む。そして東武日光線で浅草まで出て、なんか乗り換えて帰った。
 おしまい。

>゜))彡>゜))彡>゜))彡

……「遊水地の水は辛酸で満たされている」とか、そういう雰囲気を感じようと思えば感じられたのだろうか。いずれにせよ、季節が悪い。