- 作者: ウィリアム・バロウズ,鮎川信夫
- 出版社/メーカー: 河出書房
- 発売日: 2003/08/07
- メディア: 文庫
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中毒者の羞恥心は、性と無関係な、だが同じく生命衝動からくる社交性とともに消失する…… 麻薬常用者は自分の肉体を、生きてゆくための溶媒である麻薬を吸収するための単なる道具と見なし、自分の肉体組織を馬商人のように冷然と値ぶみする。「そこは注射を打っても無駄だな」死んだ魚のような眼は荒れはてた血管を無感動に見過ごす。
『ジャンキー』、『ソフト・マシーン』につづいて『裸のランチ』を読んだ。『ジャンキー』よりはわかりにくく、『ソフト・マシーン』ほどぐちゃぐちゃじゃない。そういうものかと予想して読んだら、少なくともおれにとっては『ソフト・マシーン』寄りだった。
おれの部屋の窓の向い側にフランス人学校があり、おれは八倍の双眼鏡を使って少年たちを物色している…… 彼らは手を伸ばせば触れられそうなくらい間近に見える…… 肉体から離脱した肉欲に悩まされる朝の陽光の中の幽霊…… 少年たちは半ズボンをはいている…… 春の朝の冷たい空気にふれて少年たちの足に鳥肌が立っているのが見える…… おれは自分自身を双眼鏡ごしに道の向こうへ投影し、幽体離脱した欲望にひき裂かれた朝日の中の幽霊となる。
糞尿と精液、麻薬とコンドームだらけの小説。小説と読んでいいのかわからない。いや、もうこの『裸のランチ』は古典というではないか。
「どうだろう、笑いながら同時にいかすってことはできるものだろうか? 戦争中カイロのジョッキー・クラブでのことだけど、おれとアナ友だちのルウ、二人とも議会の取決めで紳士になったんだ……そんな取決めでもなきゃ、二人とも絶対そんなものになれやしない…… それでおれたちは笑いだし、あんまりひどく笑ったもので、二人とも小便をもらしてずぶぬれになり、給仕のやつに『このとんでもない間抜け野郎、出て行け!』と言われたよ。つまり笑いながら小便が出せるのなら、笑いながら精液も出せるはずだってことさ。だから今度おれがこらえきれなくなったら、何かうんとおかしいことをしゃべってくれ。前立腺のところが必ず震えだすからわかるはずだ……」
おれは大笑いしながら射精したことはない。泣きながら射精したこともない。ただ、小さなころにお漏らしをして、泣きながら小便をしたことはある。大笑いをしながら小便を出した覚えはない。どうでもいいことだ。
作家が書くことのできるものは、ただ一つ、書く瞬間に自分の感覚の前にあるものだけだ…… 私は記録する器械だ…… 私は「ストーリー」や「プロット」や「連続性」などを押しつけようとは思わない……
おれは『ソフト・マシーン』の感想にも書いたとおり、バロウズについてわけがわからない。ただ、言葉? イメージ? がめまぐるしくスイッチする、その跳躍みたいなものは好きだ。いかにも退屈なものを読んでいる、読むことを強いられているような気になりながらも三冊目を読む、その理由。その突飛な跳躍の根底にあるなにか、それを掴んでいるとはいえない。あるかどうかもわからない。いや、あるような気配はある。
人はいかなる時空の交点においてでも、裸のランチに割りこむことができる。
そうなんだ、じゃあ私生徒会行くね。
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