三木成夫『胎児の世界』を読む

 

胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691))

胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691))

 

後期の吉本隆明が大きな影響を受けた三木成夫の、数少ない著作である。吉本隆明の後期の本を読む前に、おさえておこうと思ったのである。

して、内容であるが、次のようなものが根本にある。

 ニワトリの卵殻内の小さな空間には、脊椎動物の悠久の時が閉じ込められていた。とくにその四日目から五日目にかけての二十四時間には、古生代の終わりの一億年を費やした上陸のドラマが見事に凝縮されていた。それは一つの象徴劇とよばれるにふさわしいものであった。

II「胎児の世界」

すなわち、ヘッケルの反復説、「個体発生は系統発生を繰り返す」というやつである。われわれ霊長類も、胎児の段階でかつて海にいた段階、陸に上がった段階を経て生まれてくるというやつだ。そしてこの反復説は今現在、否定されつつあるようだ。Amazonのレビューにもある。

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すでに時代遅れの情緒的ファンタジーという印象が強い。
最新の図書にあたるほうが後学者にとって優先順位が先。

これである。こう考えるのも不思議じゃないな、と門外漢、それも理系毛嫌いの人間からしても、そうなんじゃねえの、と思えてくる。

反復説というのに異を唱えるのが「発声砂時計モデル」というらしい。正直、よくわからん。

反復説 - Wikipedia

発生砂時計モデル - Wikipedia

あるいは、ヘッケルの有名な図自体が捏造じゃねえか、とか。

生物学史上最大?の捏造:「個体発生は系統発生を繰り返す」の図について - Togetterまとめ

そして、正直わからんが、検索するとこんな記事が出てくる。

理研CDB - 科学ニュース

今回の研究では、遺伝子発現の包括的かつ定量的な比較解析により、砂時計モデルを遺伝子レベルで強く支持する結果が得られた。

だそうだ。はっきり言って「今回の研究」の概要すらよくわからないが、「包括的かつ定量的な比較解析」を遺伝子レベルでやられたんなら、砂時計モデルとやらの方がより正しそうだ、と。

と、いったところで、やはり本書『胎児の世界』には、それで切って捨てられる以上の魅力がある。たとえそれが「情緒的ファンタジー」だとしても、だ。唇音であるマ行から各国の言語について触れ、記憶の「憶」の字の由来に触れ、やがて生命、宇宙のリズムと螺旋の構造へと想像は広がっていく。あるいは、標本となった堕胎された胎児の首を落とすというリアルな経験、そして、そこに古代の生物の「顔」を見出す(まあ、そういった連想的な部分が科学的に否定されていくのであろうが)あたりなど、実に読ませる。著者にとっては、アントニオ猪木モハメド・アリですら、爬虫類と哺乳類の宿命の対決なのである。いやはや。このスケールの大きさは、やはり若い理系の学徒などに触れてもらいたいものだな、とは思う。もちろん、まゆに唾つけて、といった方が誠実なのかもしれないが……。

この問題の指針はただ一つ、それは、卵巣とは一個の「生きた惑星」ではないか、ということだ。いや、この地球に生きるすべての細胞はみな天体ではないのか……。