澤宮優『二軍』を読む

二軍

二軍

  • 作者:優, 澤宮
  • 発売日: 2014/03/19
  • メディア: 単行本

 もうずいぶん前のことになるだろうが、おれはあるカープファンのインターネット掲示板をちょくちょく見ていた。本場のファンたちによって語られる場である。おれはリード・オンリーだった。
 そのなかに二軍の情報もあった。関東圏ファンからするとまったく知らない話が出てくる。そして、書き込み者の中のひとりが、「嶋重宣は二軍では格が違う。すぐにでも一軍で使うべきだ」という主張を続けていた。おれはとうぜんのことながら二軍の試合の嶋重宣のプレイなど見たことはないし、投手からの打者転向でしょ? 半信半疑というか、単なる贔屓なんじゃないかとか思っていた。
 ……とか、思っていたら、一軍に上がってチャンスを得た嶋が「赤ゴジラ」の異名とタイトルを得るほどの大活躍して驚いた。タイトルまで獲った。見る目のある人はいるものだと思った。そして、二軍にも逸材が眠っているものだと思った。
 いや、眠っている、というのは言い方がおかしい。日々鍛錬して、一軍に上がる日を待っているのだ。ただ、嶋重宣の場合もそうだったが(前田、緒方、金本に割って入れる選手がどれだけいますか?)、一軍で同じポジションに大実力者がいる限り上がるチャンスは訪れなかったりする。球団も、素質があることをわかっていながらも、一軍のバリバリの選手のバックアップとして確保しておきたいという意図があったりもする。だからトレードにも出されず、いわゆる「二軍の帝王」になってしまったりもする。
 とはいえ、一軍の壁というものもとうぜんあって、昇格後に与えられた敗戦処理や代打のチャンスを力みすぎて活かせなかったりするケースもある。あるいは、本当に一軍のレベルが高すぎるという場合も……。

 槙原寛己は、キャッチボールの球でも「シュッシュッ」と音が出るような速さだった。江川卓の場合は、七、八分の力でキャッチボールしても、抜群に速かった。江川と相手の間に一本の線が引かれ、糸の上にボールが乗ったように、最後まで同じ高さで投げられていた。
第2章・6 藤岡寛生

 本書では、二軍暮らしから勇躍した選手、二軍の帝王になった選手、二軍でもぱっとしなかった選手が採り上げられている。二軍最多登板金剛弘樹。ファーム四冠王庄司智久。あるいは嶋のようにいきなりタイトルの戎信行(嘉勢敏弘じゃないがバッティングもよかった、というか、なんかおれ混同してた)……。
 金剛なんてすげえぜ。

 平成二十五年の中日ドラゴンズは低迷した。シーズン中も会社の先輩に「戻れば」と言われたという。同期の山井大介に電話したら、山井は言った。
 「今年お前がいたら、一軍で助けてもらえたのに」
 背広姿の彼は、ネクタイを緩めながら笑った。
 「俺は知らんぞ。お前が頑張るんだよ」
 社会人一年目、金剛は営業先を飛びまわる日々を送っている。

 二軍の経験が野球の一軍の場面に活きることもあるし、僧侶やサラリーマン、別の人生に活きることもある。さて、そんな本書を読んでいるおれは、人生の二軍どころかドラフトにも程遠い。しかし、だからこそプロ野球の世界に光を見る。その光と影を見るのだ。