ぼくがカープファンになった理由

 昨夜も一昨夜も巨人広島戦が放映されていた。が、どちらもろくに見ていない。以前なら、せっかくやってんなら、たとえ消化試合でも見ようかって感じだったのに。
 一連の球界再編騷動の中であらためてカープを見て、応援熱が減ったのかも知れない。カープは「市民球団」なんかじゃなく、「松田カープ」に過ぎないって気づいてしまったからだろうか。いや、別にカープを応援していた理由が「市民球団だから」とか「独立採算だから」とかいうわけではない。もっと大きな理由があるんだ。
 あれはまだ幼稚園の頃だったろうか。テレビで野球中継をしている。広島出身で当然カープファンだった父が、ぼくにこう聞いた「赤い帽子と黒い帽子のチーム、どっちを応援する?」黒い帽子のチームは、もちろん読売だ。そしてぼくはこう答えた「赤!」そう、サンバルカンだってダイナマンだって、戦隊物の主人公はいつもレッドだ。そして、黒は悪者の色じゃないか。
 まあ、それは単なるきっかけというのが正しい。ただ、背も小さく弱虫な自分を、貧しくとも頑張るカープに重ね合わせて応援してきたのだ。貧しくとも頭を使い、脚でかき回し、悪い黒色と戦うカープを。その結果、ぼくの体はどこを切ってもカープの赤い血が流れるまでになったのだ。
 ところが、今のカープはどうだろう。貧しく弱く頭もつかわない球団だ。練習のための練習をしては故障者を出し、機動力野球は単なるお題目に成り下がった。責任を取るべき者は責任を取らず、毎年「二、三年後に優勝を狙えるチームに」にといいながら、いつまで経っても二年後も三年後もやってこない。
 ぼくの人生が悪い方、悪い方へ来てしまった。ただ、それにカープが付き合う必要はないんだ。ぼくの人生が終わってしまう前に、せめてもう一度熱い戦いを見せてほしいと思う。栄光の旗を高く掲げてほしいと思う。