また会おう、カントリー。『ブラッド・エルドレッド 広島を愛し、広島に愛された男』を読む

 

ブラッド・エルドレッド~広島を愛し、広島に愛された男

ブラッド・エルドレッド~広島を愛し、広島に愛された男

 

 プロ入り後、アメリカで数多くのチームに在籍したけど、将来、自分の野球人生を振り返ったときに真っ先に思い浮かぶチームはカープ。もちろん、アメリカにもいろいろないい思い出はあるけど、日本で過ごしている時間があまりにも濃くて有意義で。

 やっぱり、ぼくの野球人生は「カープとともにあった」という表現が一番しっくりくるし、野球人生がまだ終わっていない時点でそう言い切れることがものすごく嬉しい。いまは、カープで現役生活を終えたいという思いでいっぱいだ。

この本が出版されたのは2018年の3月。カントリーことエルドレッドカープで現役生活を終えたかどうかと言うと……微妙なことになっている。カープは2019年の契約をしないことにした。エルドレッド、別の球団での現役続行を模索するという決断をした。しかし、新しい球団は今のところ決まっていないようだ。

カープファンとして、できることなら赤いユニフォームで引退式をしてほしいと思う。だが、まだ本人が野球人生でやることがあるというのなら、それを尊重するしかないだろう。

カントリーとケニー

ブラッド・エルドレッド広島東洋カープにもっとも長く在籍した外国人選手。最強の外国人選手だったかどうかは評価の分かれるところだろう。もっと短い期間で大きな結果を残した選手もいるだろうし、エース・ピッチャーとしてローテを支えてくれた選手もいる。が、広島を愛し、広島に愛されたという点で、エルドレッドは最高峰の選手に違いない。

と、言っておきながら白状すると、おれはエルドレッドに三年目があることに懐疑的だった。野村謙二郎監督の強い要望という話が出回っていたが、これも白状すると、おれは野村謙二郎監督にも懐疑的だった。だが、エルドレッドは三年目のチャンスを得て、ホームラン王になった。

本書に寄稿した野村謙二郎はこう述懐している。

 巷では、球団が解雇の方針だったところを、ぼくが強く引き留めたかのように報じられているようですが、

「クビにするから」

「ちょっと待ってくれ!」

といったような極端な話ではなかったような気がします。

そうなのか。

「監督はどう思う?」と聞かれたので、「この2年間の日本での経験が生きて、来年は配球などももっと予想できるようになると思う。また新しい外国人を獲って、、1年目に日本の野球に混乱するくらいなら、3年目のカントリーに期待したほうがいいんじゃないか」と。そんな流れだったと記憶しています。

ふむ。そして。

 でも「彼に3年目のチャンスを与えてほしい」と答えた最大の理由は、かれの人間性と野球に真摯に取り組む姿勢に惹きつけられ、惚れ込んでいたからです。彼の人間性が、ぼくを突き動かしたといったほうが正しいかもしれません。

常に全力プレーを心がけ、練習に取り組み、まわりのだれからの評判もいい。人間性と野球のプレーは直接関係ないかもしれないが、プレーする機会を得るチャンスというものには関係するかもしれない。あるいは、野球のすべてが数値化されていっても、そういうところは人間のすること、なにかしら残るだろう。そしてもちろんおれも、手のひらを返して「エルドレッドカープになくてはならない存在だ」と思うようになったよ。戦力外通告は悲しかったよ。

 

カントリーとチームメイト

さて、そんなカントリーはどこから来たのか?

……「出身高校と出身地はどこ?」とぼくが聞かれたら「PL学園です。マエケン、小窪は高校の後輩になります。出身地はPL学園のグラウンドがある大阪府富田林市です」と返すようになったんだ。

……という冗談を言うようになったのは、日本の高校野球を見て感化されたから。ちなみにカントリーは「松坂世代」とのこと。あと、ピッツバーグ・パイレーツ桑田真澄とわずかな期間チームメイトだったとのことで、桑田はカントリーを球場で見つけると話しかけてくるそうだ。

チームメイトといえば、やはりカープのチームメイト。

 日本から完全に引き揚げる日が来たときに、アメリカの自宅に絶対に持ち帰ると決めているのは、新井さんが2000本安打を達成したときに配られたサイン入り記念バットと黒田さんが引退した際にもらったサインボール。この二品は我が家の家宝だよ。

 なんと新井さんは「英会話が上手」とのこと。それに、菊池涼介の守備は「もはやアンビリーバブルな域」で、しかもいつも笑いにつながるようなことを考えているという(バティスタも「ラテン系だと思う日本の選手は?」という問いに「菊池と筒香ベイスターズ)」と答えていたっけ)。田中広輔は新人で迎えたキャンプの初日、エルドレッドから声をかけてキャッチボールをしたという。そのことを田中は忘れずにいて、「すごく嬉しかった」と後年話をしたという。そして、丸は同じグラブを長く使い続けていて、同じくビンテージものを使うエルドレッドと臭いを嗅がせ合う仲で、「鈴木誠也の実力は認めるけど、娘との結婚は認めない」のだとか。

 

若き日のカントリー

そんなカントリーの幼少期、やはり身体はずば抜けて大きかったらしい。そして、将来の夢は「プロのアスリート」。野球のほかにバスケットボールとアメリカンフットボールもやっていたらしい。そういうのはアメリカではよくあるケースだろうけど、それが高校まで続くというのはやはり日本とは違うよな。しかし、そんな二刀流、三刀流が当たり前の国で、メジャーリーグの中の話となると、大谷翔平が驚かれるというのもなかなか興味深い。

ちなみに、最初の指導者は父親で、せいぜい「顔を上げるな」くらいしか注意はされなかったという。高い位置にバットを構えるスタイルも、バットを上下動させる(ヒッチ)も、マイナーの最初のコーチから「なかにはそれが合っている選手もいて、君はそのタイプだから矯正することはない」と言われたらしい。まあ、アメリカにもコーチとの不運な出会いで潰れていった選手もいるだろうけど、そんな話。

 

カントリーの仕事道具

さて、エルドレッドの仕事道具。なに、こんな本でも読まなければわからないこと。ちょっとメモしておきたいじゃないか。

 愛用しているバットは、アメリカのオールドヒッコリー社製で長さは34.5インチ(約87.63センチ)、重さは約935グラム。他の選手たちが使用しているバットは長くても34インチ(約36.36センチ)なので、おそらくカープで一番長いバットなんじゃないかな。グラブとファーストミットはウィルソン社製。今使っているファーストミットは、すごく気に入っていて、紐を入れ替えたりしながら、何年も使い続けている年代ものなんだけど、そろそろ寿命が近づいているかな……。

 スパイクはニューバランス社製。2015年までは底の歯がすべて金具のスパイクを使用していたんだけど、2016年から両足のかかと痛に悩まされるようになってね、かかとにかかる負担を減らすべく、歯の部分を金具からプラチック製のスタッド式に変更した。

 2016年のオフにかかと痛をやわらげる目的で専用のインソールを特別に作ったんだけど、これをスパイクの中に敷くと痛みを感じなくなるので、去年はずっと使用していた。このインソールが、ぼくの野球人生を救ってくれたと言っても過言ではないよ。

インソールひとつで野球人生が左右される。すごいことだ。ひょっとしたら、なにか用具ひとつの違いで、怪我でもして無名のまま球界を去ることになった選手が、実はベストナインになった可能性がもあったかもしれない。まあ、トップ中のトップの集まり、あらゆる戦力外通告に当てはまることかもしれない。

 

今後のカントリー

さて、カントリー。本書の中でも引退が近いことは自覚している。

 引退後のプラン? うーん1年くらいはゆっくり休みながら、その先を決めたいという気持ちがいまは強いかな。

 引退後のプランとして、やってみたいと思っていることのひとつは、チャーター船に釣り人を乗せて、釣りのポイントまで運ぶチャーターフィッシングの仕事かな。最大の趣味が釣りなので、釣りに関わる仕事はぜひやってみたいなと思う。

城島健司か。

でも、やはり野球には携わりたいという。

 野球との携わり方はいろいろあるんだろうけど、指導者をやってみたいという思いもあるよ。

 プロに入ったばかりのころ、経験の乏しいマイナーリーガーとしてわからないことがたくさんあったけど、そんな経験も指導するうえでのヒントになったりする。ぼく自身、「球団とどう交渉すればいいのか」「どうすれば野球が上達していけるのか」といったことでけっこう悩んだり、つまずいたりしたので、若手にアドバイスを授けていけるような、相談役とエージェントを兼ねていけるような存在もありなのかも、と思ったり。

そしてまた、こんなことを言ったりする。

 好きなことはなにかと尋ねられたら、ぼくは「野球と釣り」と答える。だから、この二つを組み合わせたような仕事ができないかなと考えたりもする。チャーター船に若い野球選手を乗せて、沖に出て、釣りをしながら野球の経験を語ったり、船上でバッティングの技術指導をしたりね。そんなことも面白いかもと思ったりするよ。

なんだよその野球船。アメリカ文学みてえじゃねえか。キャッチャー・イン・ザ・ライならぬ、バッター・オン・ザ・シップ。雄大だなぁ。そして、船の上で野球指導って、あれか? 稲尾和久か? まったく、素敵だな。日南カントリー丸。悩める大砲候補を優しく育て上げる。悪くない。

いや、現実的な話として、本人も例に挙げているカープの駐米スカウト、そして「野球は楽しい!」という心がけでで指導者になってもらいたいというのもある。2019年からいきなり二軍のバッティングコーチになったとして、反対するカープファンは半分以下なのではないだろうか。きっと、指導者に向いていると思う。マイナーリーグを、各国を渡り歩き、異国の地で成功をおさめるその野球への姿勢、人間性。きっと、良いところを伸ばせる指導者になれるんじゃないかって、思うのだけれど。

しかしもう、カープの現役選手としてのカントリーは見られない。それは悲しいことだ。けれどカントリー、いつか何らかの形で、カープの一員として戻ってきてくれ……。

 そして、真っ赤なスタンドを見渡すと背番号55がついたシャツを着たファンが大勢確認できる。それはもう、ぼくにとっては「オー・マイ・ゴッド!」とつぶやきたくなる素晴らしい光景でね。あらなるエクストラなモチベーションが湧き上がってくるよ。

 「もしかしたら、ぼくがそのとき目の当たりにしたファンにとっては、その試合がシーズンで唯一観戦できる試合なのかもしれない。もしかしたら、人生で最初で最後の試合かもしれない」

 そんなことを考えたりもする。

 「この人たちのためにホームランを打ちたい! この人たちの喜ぶ顔を見たい! 背番号55のシャツを着用していることを誇りに思ってもらいたい!」

 気づけばそんな思いでいっぱいになるんだ。自分の応援グッズを身につけているファンを見ると、選手たちはみんなそういう気持ちになるものだよ。