盗まれるものもないのに鍵をかけて

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盗まれるものもないのに鍵をかけて。

アパートから一歩出れば世界は悪意に満ち溢れていて。

おれのような人間ばかりではないというのに、世界はうんざりするような代物であって。きっとおれのようなうんざりするような人間のほんのわずかな怠惰や嫉妬や憎悪が、ほんとうに立派な意志を持った人間、能力をもった人間、人類の進歩や発展に寄与する人間の心を、ちょっぴり傷つけて。それが積もり積もって、立派な人たちが少しずつ自分のことだけを考えたり、自分の家族のことだけを考えたりするようになって。

そして、世界は積もり積もったうんざりするような事柄でいっぱいになってしまったのだ。世界にはおれのようなうんざりするような心持ちの、うんざりするような性能の人間ばかりでないのに、この世界が悪意に満ち溢れ、じっさいうんざりするような代物になってしまったのは、そのせいなのだ。

それでもおれはまだ首を吊らないで、盗まれるものもないのに鍵をかけて、アパートから一歩外に出て、うんざりするほど外の空気は寒くて、外の空気はひとびとの悪意に満ち溢れていて。

そして、おれは自転車を漕ぎ始めて、会社に行くのだ。会社に。