おれは今朝4時50分に起きた。「目が覚めてしまった」のではない、目覚ましを仕掛けて、起きたのである。そして、年に二度か三度しか着ないスーツを着て、ネクタイをしめ、朝焼けの中を駅に向かって歩いたのだ。
行き先は「つくば市」。学術・研究都市つくば。
古い話をする。ときは1985年ごろ。小学校低学年だったおれは、同じ班の同級生とともに、大掃除をしていた。年末か学期末か、よく覚えていない。すると、自分の机を整頓していた担任の女性教師が、机から出てきたTsukuba Expo '85のグッズをおれたちに配りはじめたのだ。うっすらと知っていたExpo'85。コスモ星丸のマグネットや定規。おれがなにをもらったのか覚えていない。ただ、行けなかった万博(正確には国際科学技術博覧会)のことに思いをはせた、その思いはある。
その「つくば」だ。なにせ、学術・研究都市だ。おれの頭の中はコスモ星丸と、街を走るモノレールと、パトロールロボットと能力者と、「ジャッジメントですの!」という声に溢れていた。おれは「つくば」の某国家機関に打ち合わせに行くのだ。すごい!
が、どうしたことだろう。京浜東北線、北上し、秋葉原でつくばエクスプレスに乗り換え、終点のつくば。そこには自動運転のタクシーもなければ、モノレールも走っていない。そしてやけに寒い。ともかく、おれの知らない会社のバスに乗り、某機関へ行った。なにやら、味気のない建物だった。眺めはよかった。打ち合わせをした。帰り際、クライアントが携帯端末を見ながら、「すみません、バスの時間が合わなくなってしまいました」と言った。入館証を入口の詰め所に返し、バス停の時刻表を見てみると、次の「つくばセンター」行きバスは50分後だった。タクシーは2、3台止まっていた。しかし、金のない会社の金のない身、行きのバスもスーッと来たことだし、歩くか、と思った。30分くらいで駅に着くだろう、と。
間違い、なのよな。片側2車線の道路、車ならスムーズに行ける。バスもほとんどのバス停に止まらずスムーズに走った。徒歩はどうか。人っ子ひとり歩いていない。歩いている人間なんていやしない。車は通る。大型トラックも通る。一台だけロードバイクの人間が走っていくのを見た。歩くには、遠すぎた。Googleの経路を見ても、実感のわかない、空白。
そして、ただひたすらに長い直線道路を歩いた。……なにもない。ときおり開けた空き地がある。向こうに山が見える。科学はどこだ? 技術はどこだ?
ビックマーチはどこにある? 鈴木奈々さんってだれだ? なんでビックなんだ?
と、歩いていると国土地理院があった。国土地理院という建物があるのだな、そして、ここにあるのだな、と思う。日本の国土はここに掌握されている。
店がないわけではなかった。さすが「つくば」、中古パソコン、DOS/Vってなに? MacintoshはLCとか売ってるの?
とはいえ、さすがに学術都市である。「街路樹がでかくなりすぎたから強剪定する実験してるよ」というような場所がある。車道も「水はけがよくなる加工をしている区間だよ」というところがある。……でも、おれの考えてた科学都市と違う。
さんざん歩いた。1万歩は歩いた。30分どころか1時間半くらい歩いたかもしれない。タクシーに乗れ。あるいは、50分バスを待て。駅に近くなると、少し人間がいた。自転車に乗った、大学生らしき人たち。なんでここにレンタサイクルがないのだ? あとは、ただたくさんの車が走るのみ。ひょっとすると、すべて無人の自動運転車両だったのかもしれない。パチンコ屋(ビックマーチに非ず)から音はしなかった。小学校に人気がなかった。モーテルのようなカラオケ店から歌声は聴こえなかった。なにか壮大な、おれの知らない実験が行われているのではないか。そうでなくてはやりきれない。やりきれないと思ったのだ。
つくばエクスプレスに乗り、秋葉原で乗り換え、関内に帰ってきたおれが、iMacを立ち上げてブラウザを開き、目に入ってきたのが次の記事だった。
246人「自殺考えた」 最近1年間で、つくばの研究者ら (茨城新聞クロスアイ) - Yahoo!ニュース
筑波研究学園都市の研究者らを対象とした職場のストレスや生活環境のアンケートで、最近1年間で自殺を考えたことがあると答えた人が246人に上ることが7日までに、筑波研究学園都市交流協議会のまとめで分かった。同協議会は「各機関でストレスを抱えた職員へのメンタル対策が重要になる」と強調している。
正直にいうと、つくばには何もなかった。大学や研究施設はあるだろう。だが、なにもないのだ。なんと不思議な都市だろう。そして、なぜビッグマーチでなくビックマーチなのか。おれはたとえ、つくばで働けば収入が2倍なるとしても、横浜市中区に住みたい……。そう、秋葉原までの時間だって、たいして変わらないのだから。いや、おれ、秋葉原行かんけど。
笹原委員長は「学園都市草創期は、つくばシンドロームといって自殺者が相次いだが、都市機能の向上で環境面の改善は進んでいる」と指摘した。
いや、ひょっとしたら研究学園駅のあたりは、ドローンが飛び交い……そして、おれの未来都市があったのかもしれない。多摩モノレールで立川に行け? 無粋なことは言うな。
以上。