『シルミド』

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 口でクソたれる前と後に‘忠誠’と言え!
 
 ……という台詞は無かった。が、実話ベースで金日成部隊の特訓で叛逆という前知識から、これは骨太じゃないかという予感に応えてくれる映画であった。まず驚かされたのは展開の早さで、最初の三十分くらいで予告CMに流れていた特訓シーン総なめみたいな勢い。かといって、無駄に回想シーンや各登場人物の掘り下げに向かうこともなく、とにかくガンガンストーリーが進む。はじめ、人物の見分けがつかないんじゃないかとか、名前がわからんとか思っていたが、そんなの必要なし。
 ただ、無い物ねだりは承知の上で、もうちょっと個々人の経歴の一つくらいは、とも思う。けど、あの暴力団あがりの組長や主人公(?)の母親の写真など、あのくらいチラッと出すのがいいのかな。それと、指導兵と訓練兵たちの関係。組長と若いのとの交流みたいなのはあったが、他がいまいち。一対一で信頼関係が生まれるという前提があってこそ、両者に「自分の担当を殺せ」という命令が下ったときのショックがある。まあ、結局乱戦になってしまったけれど。
 あと、印象に残ったシーンの一つが、脱走兵が強姦するあたり。ちょっとどうなるのかと思っていた矢先にガンときついエピソードを持ってきた。そして、吊された微笑みデブが歌う「赤旗」。なんでこの歌は吹き替えなのかと思ったら、日本でも替え歌が作られるくらい知られた(一定の世代以上に)歌らしい(→http://utagoekissa.web.infoseek.co.jp/akahata.html)。
 そうだ、なぜあのシーンで、というか、最後の方のシーンでもこの歌を歌うのか。というか、歌えるのか。これは最初ピンと来なかったが、北朝鮮人になりきるための訓練があったからだろうか。そういえば、肉体訓練ばかりで、そういった作戦的シーンは無かったな。いや、しかし完全武装で乗り込んでなりきりもないのか? よくわからない。で、なぜ歌ったか。これはやはり「赤旗」のバックボーンとなる思想抜きに、同志との戦いを歌う軍歌としての効用だろう。そこに皮肉を感じながらも、歌う。そりゃ軍歌には思想の右左もない。曲で言えば「アムール河の流血」が「歩兵の本領」なるのはいいとして、その後「聞け万国の労働者」になったくらいだしな関係ないけど。
 しかしなんだ、俺は韓流ブームだとか韓流スターとかには疎いのだけれど、この映画に出てきた役者の存在感にはしびれた。三人の班長、ちょっと偉い指導官、そして隊長。決してカッコイイ顔ではないけれど、何やら味がある。こういうくどい顔のおっさんばかりの邦画があってもいいじゃないか。
 そうだ、対抗意識というわけでもないけれど、日本映画でもこういうの作ってくれと思ってしまった。俺は『シルミド』に最上級の評価を与えるわけではない(やや粗いところがあった。感情移入できない部分があるのは仕方ないにせよ)けれど、こんぐらい自信満々に骨太なのやってくれ。個人の内面やら愛や恋もいいけれど、たまには国家とバーンと向き合うような(必ずしも反国家ではない)ものを。あるいは、戦争物でもとりあえず平和を訴えておけばいいや、というのじゃないものを(そんなのは『シベリア超特急』に任せておけ)。