『失踪日記』吾妻ひでお

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 はじめに断っておくが、私は吾妻ひでおのことはよく知らない。名前と絵柄(女の子の絵)をなんとなく知っているくらいである。しかし、この『失踪日記』は読まねばいけないのだろうと思っていた。思っていて、ようやくさ古本で買えた。なにせ私は逃避(願望)ものに惹かれるのだ。つげ義春桜玉吉、そんな流れで是非これもチェックしなければという具合である。さらに思いがけず、後半はアルコール依存症による入院生活が描かれていて、中島らものアル中ものや、花輪和一の刑務所ものにリンクされているようで、さらに読み応えがあった。
 しかしなんだろう、絵というか漫画が、その内容である「実話」の重さとのギャップ。いや、ギャップだけど違和感がない。これが不思議とマッチしている。なんだかよくわからんが。
 そして、ディティールだ。ホームレス生活のディティール、配管工の仕事のディティール。それらの詳細さがいい。思うに、ある種の目の持ち主は、それによっていかなる環境下でもそれを客観視することによって、最悪の事態を避けていけるのかもしれない(……まあ、のっけから自殺未遂でスタートした話ではあったが)。あるいは、客観視しようという意思か、性質なのかよくわからないが。
 あ、ディティールといっても外界のことなんだな。幻覚などについては描かれているが、内面をリアルに掘り下げる作業はされていない。拾った残飯も、配管工の嫌な同僚についても、あくまで外を見ているもの。どんな精神的に健康な人間でも、自分の内面など考えていったら、それこそよくない扉を開けてしまうのではないだろうか。……などと、最近読んだブログ、筆者が自殺未遂の末本当に自殺したブログを読んで思ったりした。日記なんてのはテレビの感想でも書いておくのが安全でいいと思う。とはいえ、そういった内面引きずり出した作品が面白くないわけでもなく、ときにそれを求めたりするのだから、消費者はどこまでも残酷だ。
ああ、でも、逆に客観化して描く方が、逆に身を切るような作業かもしれん。桜玉吉がたまに吐露する「まわりの人を傷つけてゆかい漫画を描いているのかもしれない」というような呵責も、そこらあたりから来ているのかもしれない。いずれにせよ、表現者というのはえらく大変な職業のように思える。やっぱり消費者は残酷かもしれない。
 で、いずれにせよ、特殊な経験などが一級の表現者の腕でこちらに伝わってくるのだから、面白くないはずがない。随所に見られる、ある種あっけらかんとした笑いも魅力だ。とにかく続刊が楽しみだし、また、過去の作品にもあたってみたいと思う次第。ただ、私もホームレスでないにせよ古本でしか買えないので、作者に還元されないのに多少すまない気持ちになったりはする(別に作者貧乏でホームレスしてたわけじゃないが)。