『倉橋由美子の怪奇掌編』倉橋由美子

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 怪談の季節にはまだ早いのやもしれぬが、枕元に置いて、一晩に一話か二話ずつと読み進め、つひに読み終えてしまつた。まつたくもつて、枕元に置いておくのに一寸ぞつとしてしまうやうな話ばかりで、麻醉のかかつた神経を、そつと弄られるやうな無気味な感触がある。
 幾つかの作品には下敷きがある。「首が飛ぶ夢」は中国の飛頭蛮を下敷きにしてゐて、(面倒になったのでここから突然現代仮名遣いにチェンジ)、かなりエロチックで美しく、また、話の落としどころもすぱっときていてしびれる。飛頭蛮については澁澤龍彦もモチーフというか、そのまま出してきていたっけ。そうだ、「カボチャ奇譚」も、キケロ、いや、セネカか、セネカのかぼちゃではないだろうか。「オーグル国渡航記」は‘ジョナサン・ツウィスト’の『カニバー旅行記』を元にした話。ここまでくると落ちは見えているだろうから書いてしまうが、ジョナサン・スウィフトの「つつましい提案」。これなど、ボルヘスか、あるいはウンベルト・エーコの文体練習かという代物。カニバリズムものはもう一編あって、そちらはカニバル、いや、ハンニバル・レクターを思わせる、いや、それ以上に上品で残酷の話。「瓶の中の恋人たち」は夢野久作の『瓶詰めの地獄』。これも面白く、妖しい話に仕立て上げられている。
 ……などと、俺程度の人間が元を漁ったところで詮無きことで、別にそんなことはどうでもよろしい。ただ、筆者の掌編を仕立てる名人芸に、文章の美しさ、そして怪奇の肌触り、幻想性やエロを味わって、背筋に嫌な汗をかけばいい。お気に入りというと、やはり性の無気味さをおかしく描いた「聖家族」、それに、風呂と骸骨の「事故」(俺は子どものころ、風呂から出たら家族が皆骸骨になっていたらどうしようという妄想をいつも抱いていた)、いや、あげればきりがない。惜しむらくは、新仮名遣いの文庫版で読んだこと。まあ、こればっかりはお金とタイミングなのだから仕方ない。
関連→『夢の通ひ路』http://d.hatena.ne.jp/goldhead/20051116#p3
関連→『ポポイ』http://d.hatena.ne.jp/goldhead/20051226#p3