開港祭花火大会妄想話

 港町の公園、邊りを夕闇が包み始めるころ、貴賓席に市長の姿があつて、「此の度は開港祭に多大なる御支援をたまはりまして、市民を代表して御禮を述べさせて頂きたく……」と謝辭述べてゐると、さへぎつて一人の貴賓が怒鳴り声をあげて曰はく「そんな挨拶は宜しい! それより早く、あの空の奴を何とかするのが市長の勤めといふもんでせう!」。呆氣にとられた市長、「はて、空の奴と云ひますと?」と問へば、客人ステツキを眞上に指して叫ぶ、「あの巫山戲た飛行船に決まつてゐるだらうが!」。
 さて、そんな地上の騒ぎを知らん顏で悠悠と、花火を待つひとびとの上を行く飛行船、船体には大きく所有會社の名前。實はその社名、貴賓席の件の御客人の自動車企業と母音一文字違ひ、遠目に見遣ればaとo一文字の違いなんぞ分かりはしない。即ち、大宣伝をしている地上の旗や幟まで、此方の物と思はせやうといふ算段。何せ飛行船はよく目立つ。「まつたく、空に立ち入り禁止する訳にはいかんとは云へ、こんな事していいのかね」と操縱士が独りごちたとかごちないとか。
 「……市長命令だ。構はんから、とつとと撃て!」と無線の怒鳴り声響く打ち上げ場。花火師も流石にたじろぐが、命令とあらば仕方ない。「いいか、絶対に当てるんぢやねへぞ、絶対だぞ」と頭領、打ち上げ師が「それはダチヨウ倶樂部の前ふりですかね?」などと茶化しながらも仕事はこなし、「仰角……度、テエー!」の声ともに打ち上げ花火一発、飛行船の方へ向かつてふらふら飛んで、まだ少し明るい空にパンと花開く。
 市民、ぱらぱらと拍手する上、「南無三、奴さん本当に撃つて來やがつたよ。退散、退散」と、舵切つて飛行船は立ち去つて、市長は漸く市民合唱團の舞台に參加出來て調子よく二曲歌つたとか、そんな話を妄想したとかしなかつたとかそんなお話し。