『エヴァンゲリオンの夢 使徒進化論の幻影』大瀧啓裕

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 翻訳家が妙な企てをおこしたものだと思われるかもしれないが、翻訳家という人種は不断にこのような作業をおこなっているので、好奇心がかきたてられる素材に対する、ほとんど職業病とでも呼ぶべき反射的な行為であったにすぎない。

 大瀧啓裕といえば、P.K.ディックの『ヴァリス』三部作の訳者……ということしか知らない俺だが、そのエヴァ本といえば読みたくなるのも仕方ない。古本でも千円越えだったが購入。
 して、読んでみて、予想とは違って驚いた。俺は、もっと衒学趣味的なもの(俺には学が無いので、ちょっと難しい言葉が出てくると「衒学趣味」ということになる)を想像していたのだ。
 もちろん、エヴァ使徒の名前の元となる天使の名の記された本の訳者でもある著者のこと、その宗教的な解釈がメーン。が、それよりも印象深いのは、オープニングからはじまって、一話一話丹念に追って、解釈していくという地道な作業そのもの。翻訳の実況中継のようだとも後書きにあったが、いやはや驚歎。できうる限り物語内での整合性を重視し、物語外の事情についてはあまり採用しない。愚直なまでに、画面にあらわれたもの、述べられた台詞、それを解釈していく。その結果が、この分厚いハードカバー。
 なるほど、作品というのは、こう解釈していくものなのか、と目から鱗なのが正直なところ。とはいえ、俺の脳味噌のスペックで、こんな真似はできない。というわけで、この本みたいなのは非常にありがたい。知識はもちろんのこと、テレビ版最後の補完のシーンに、人類でないペンペンが入っているのは変じゃないかとか、絶対に気づけない。些細なとこだが……。
 もちろん、これがエヴァの答えとは言えないだろう。作者も述べるように「異本」の一つ、新世紀エヴァンゲリオンをめぐる、いくつもある解釈の一つだろう。だが、新世紀エヴァンゲリオンというアニメが、即興性ばかりで、「適当に謎っぽいものを示しておけば、あとはオタが勝手に作ってくれる」ってものではない……だろう、という、俺の思いに応えてくれたのは確かだ。この本にはアニメの歴史からの解釈や、現代思想との絡み、精神医学的な分析はない。また、最初にテレビ放送されたバージョンを素材にしているなど、欠けている部分もあるようだ(後のビデオ版で改変があるらしい)。しかし、俺は満足だった。それでいい(……ちょっとかゆいところに手が届いていないところもあるように感じたが)。
 で、エヴァではなくヱヴァ、ヱヴァンゲリヲン新劇場版……、これに立ち返ってこれをどう観たらいいのだろうか。この本を読んで、ますますまた映画が観たくなってしまった。細かな解釈などできなくとも、自分なりに謎の表面に触れたい、雰囲気に触れたい、その思いがつのる。ループ、ループというが、そもそも旧作にしたって、『死海文書』、ゼーレのシナリオがあった以上、そこに反復の構造がある(記録にせよ予見にせよ)んじゃないのか……とか。けどやっぱ、そういうのはDVD化待ちだろうか?