たった一つの冴えた給付金の配り方

 給付金を巡っては、(1)高額所得世帯の目安となる金額(2)基準年はいつか−−の2点が焦点となっていた。具体的な支給方法は今後、総務省の「生活支援定額給付金実施本部」で口座振り込み方式などを検討する。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081112-00000009-mai-pol

 私がこの件について気になっているのは、具体的な支給の方法であります。
 口座振り込み方式などというのであれば、大量の国民の大量の口座情報などを大量に処理しなくてはならず、非常にたいへんなのではありますまいか。また、口座など持っていない、などという国民はどうすればよいのでしょうか。
 となると、やはり物による支給というのがよいということになる。では、地域振興券のごとき商品券のごとき券的なるものを配るのがよろしいか。私はそこにも一抹の不安を感じる。今や時代はディジタルの時代であって、ディジタル機器の進歩によってスキャンやプリンタウトは非常に楽になっているという点がある。紙幣のように複製を難しくすればいいのかもしれないが、そうなっては非常にコストがかかるということになります。
 そういうわけで、やはり現金を配るというのが筋ではないでしょうか。役所に行って、お役人さまに頭を下げて施しを受ける。いや、それではおもしろくないと考える方が多いのではないでしょうか。だいたい、平日は働いている人が多いのであります。むしろ、そっちから持ってこい、だったら貰ってやる、本当はアンタなんかに施されたくないんだからね! と、そういう話ではないでしょうか。役人が金を持って配って回る、これがいいのではないのでしょうか。
 しかし、これははっきり言って危ない。長引く経済不安から追いはぎや山賊や武装スリ団が跳梁跋扈するこのごろの都であります。役人などひとたまりもない。給付金がアンダーグラウンドへ流れてしまう。これではまったくよくありません。そこで、やはり役人を守る、しっかり守る警備が必要です。役人一人につき警察官二人、いや、四人、四人が前後左右を固めて歩けばよい。
 とはいえ、そんな風に警察官が周囲を威嚇しながらうろうろしているのは、望ましい国のありかたでしょうか? どこかくらい、警察国家の雰囲気がある。独裁政権のにおいがする。いたずらに人心を不安に陥らせてはいけない。給付金というのは、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。おわかりでしょうか。
 そのために、もっと給付金支給にハレの空気をかもし出す必要があります。五穀豊穣、鼓腹撃壌、豊葦原の千五百秋の瑞穂の国に産まれてよかった、という実感であります。そのために古人は何をしてきたでしょうか?
 そうです、祭りであります。今こそ政と祭の再習合が必要とされているのであります。金襴緞子で着飾ったお役人衆を金モールと勲章で身を固めた軍楽隊が取り囲み、ラッパの音高らかに秋の空。騎馬警官の列の蹄の音がリズムを作り、それに続いて天から降ってきた御札によろこび、浮かれ、歌い踊りながら進む民衆の列。そうして、信州信濃路の秋はふけていくのでした。おしまい。
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追記:

 ホリエモンこと堀江貴文による給付金の冴えた使い方に関するアイディア。まとまっていたものがばらまかれ、それをまたこちらでまとめて使えないか。どう使うか、集合知のようなものではどうか、と。なるほど、唸ってしまう。頭の体操から出てきたものであって、はたして精査してどうかは私の考えられる範囲を超えている。しかし、とても面白いと思います。民主主義のあり方について、技術が及ぼしうる可能性の一端といった、おそらくそれはもういろいろ出ているものでしょうが、それをこの給付金について引き寄せてしまうあたりがなんとも言えない。
 ちなみに、私だって、今朝のとくダネ!の小倉さんだって、細々とばらまくよりは、同じ2兆円一点集中で使えないか? ということくらいは思いつくわけです。しかし、その用途がナイスに思い浮かぶわけではありません。ちなみに、私が今朝会社の人と雑談してるおりに、実際に発言したアイディアは次のようなものです。

  1. 「真東京タワーとして、ドバイの例のあれよりでかいのを建ててはどうか?」
  2. 羽田空港を海中に拡張工事して、サンダーバードのようにジャンボ機が飛び立ったら面白いのではないか?」
  3. 「富士山の山頂を彫り込んで巨大な観音様の顔にして目を光らせ、その下に“Welcome to Japan”と電飾でギラギラさせるのはどうか?」