臀見鬼人とサドルを見る

稲垣足穂の「臀見鬼人」

以下「臀見鬼人」より引用

江戸川乱歩はいつか、自転車を持て余して、きりりと緊めた角帯の下のおしりを右に左に振って一生懸命にペダルを踏んで行く船場のぼんさん(小僧のこと)についてわたしに語ったことがある。お尻を際立たせ、お尻の美しさが十二分に発揚されるためには、むしろ冷酷な、ぎりぎりのお尻台がよい。

 ここのところ、サドルを新調したりしながら、「稲垣足穂がどっかで自転車のサドルについて語っていたっけ?」とぼんやり思い出しつつ、ふと部屋のすみに転がっていた『ヴァニラとマニラ』の文庫本をめくってみれば、その冒頭の「臀見鬼人」に見つけることができた。やはりお尻の話である。自転車のサドルとお尻、それについてちょっと考えてみようかな。

 ところで、江戸川乱歩が見た小僧は、「ダンシング」していたのだろうか。

「自転車は大きく振り過ぎないようにしましょう。パワーロスになりますからね。また、カラダの芯をぶらさないようにすることも大切です。ハンドルは左右に振っていても、頭の位置は常に同じ、くらいの意識でもいいぐらいです。グワッグワッという力強いダンシングより、ヒルクライムではスッスッというコンパクトなイメージの方が効率よく走れます。」

http://www.cyclestyle.net/special200807d/vol4_5.html

 小僧はそんなに尻を振ってはいけなかったのかもしれない。パワーロスになる。

足穂の見たサドル

 さて、足穂が幼少時に見たサドルの話に目をうつす。

 わたしの生まれた場所は大阪市のまんなか、問屋続きの北久宝町一丁目だったから、物心がつき始めた頃、午前午後の日射がまだ十分に当たっていた低い家並の商屋の軒場には、時々自転車が置かれて、革製のサドルを光らせていることがあった。

さてわたしは山伏の法螺の貝をひしゃげたような、自転車のお尻台を眼の前にして、その革臭い、滑らかな焦茶色のおもてを撫でながら、変てこな気持ちに襲われるのだった。何故ってこの妙な形は、人が自転車に跨ってペダルを踏むのに都合がよいように作られているのだろうが、何もわざわざこんな形にしなくてもよさそうに思われたからだ。

 稲垣足穂は1900年の生まれ。足穂の父の世代では、まだ前輪の軸にペダルが直結される形のものだったという。しかしまあ、この幼少時の記憶というか、追憶というか、その視線がいい。フェティッシュの目覚めというかなんというか、子供のころの視線そのままに戻るようだ。

 実はあれは馬の鞍の変形だったわけである。(中略)しかしこれを知ったのはずっと後の話であるから、初めは、「何処にも知らなかった奇妙な、冷たい、精一杯のお尻台」としてそれが受け取られたのである。何より先に、その上にぴったりと圧し付けられる乗手のお尻と対蹠的に、サドルの中心部にたてに大小の孔が並んでいるのが解せなかった。この孔はそもそも何のためのものであろう? わたしはサドルのまんなかにあけられた一列の小孔に眼を注ぎ、比較的大きな孔に指先を突っ込んだりしながら、悩まずにはおれない。何故なら、他のお尻台即ち椅子や腰掛類には孔などあいていないのに、自転車のそれに限って孔があいているのだったから。

 さて、俺はこの部分が解せなかった。「サドルの中心部にたてに大小の孔が並んでいるのが解せなかった」ってなんだ?
 俺の新しいサドルにも大小の孔があいているというか、孔が主役かとも思えるような代物だが、よもや1900年代初頭にタイオガのスパイダーは作られていないだろう。というか、大小の孔が並んでいるのだから、ED予防のためなどに近年開発された穴あきサドルとも別物ような気がする。
 俺は、気になってしかたなかったので、尻のことを考えるのをやめて、孔空きサドルについて調べはじめることにした。まずは、サドルの歴史から辿らねばならないだろう。

[rakuten:cycle-life:10007240:detail]

ブルックスイングランド

 ……と、長い旅を覚悟したら、最初に「サドル 歴史」と検索してこちらのページが出てきた。

 1865年、19歳のジョン・ボルトビー・ブルックスは新しい自転車を購入しました。当時の最先端にいた彼は、耐え難い乗り心地の木製サドルを自らの手で改良しました。彼の父親は馬の鞍を作っており、その工房で革製の自転車サドルを作製しました。
 それがブルックスの始まりです。自転車の歴史、サドルの歴史がそのままブルックスのサドルの歴史に

BROOKS サドル ブルックス

 どうやら、最初に革製サドルを作ったメーカーがまだ続いているよう。で、すごくかっこいい革製サドル(俺は基本的に革好き)を見ていくと……、BROOKS B17っての、なんか穴が空いてない? 穴、だよな? と、ここからは今日の自分のブックマークを辿ってもらえばいいが……、ともかく穴が空いているのはたしかなようだ。となると、稲垣足穂が見た革製サドルは、このブルックスのものか、ブルックスのサドルを摸したものに違いないだろう。イギリスで生まれてから40年、日本の大阪に届くには十分な時間だ。いやはや。
[rakuten:auc-cyclingtime:10035928:detail]

この孔はそもそも何のためのものであろう?

 とはいえ、足穂の「この孔はそもそも何のためのものであろう?」という疑問の答えにはなっていない。足穂はこう考えた。

 この疑問に対する回答として浮かんだのは、「これは空気抜きではあるまいか」という考えであった。夏の日にかぶるカンカン帽子がある。あの糊で固めたわげもののような麦藁帽の上縁近くに、左右に一対ずつ、蛇の目真鍮を嵌めた小孔が見られる。あの風の通路と同じ用向きのものではないかというのである。しかし、屋外疾走用の二輪車に付いている極めて余裕のないお尻台にたいしてなお乗者のお尻がムレるというのならば、室内にあって、より長時間にわたってお尻台を勤めなければならぬ椅子や腰掛に何故「空気抜き」がついていないのであろう。あれこれ考えて合わせて、結局、飾りに落ちついたことを憶えているが、それでも不安は残っていた。

 さて、この足穂の不安、今度は自分の不安になる。いやいや、足穂さん、最近では室内の椅子もスケスケの穴あきですし、屋外疾走する場合、激しい運動をするからむれるのですよ、とは言えるが……ブルックスの小穴に通気性が求められたりするものだろうか?
[rakuten:communication:10006006:image]

こたえは尻のかなた

 そこで、「ブルックスの小穴は何のためについているの?」といろいろ検索したのだけれども。

 よく革のサドルはお尻が痛くなると聞きますが、このサドルはそのようなことはありません。座面が広いのでどっしりと安定した状態で座ることが出来ますし、革には複数の穴が空いているので、同じブルックスのサドルでも穴が空いていないスポーツモデルのサドルに比べるとクッション性があるようで想像するよりも座面は硬くありません。

Broの肖像(Brooks B17 サドル)

ブルプロはB17やB5Nのように上部に穴が開いていないので慣らすのも大変なサドルです。

http://ace-no-cho.cocolog-nifty.com/mscc_blog/2007/02/brooks_6a41.html

44 :ツール・ド・名無しさん[sage]:2007/12/26(水) 09:25:05 ID:???
B17だけ上面に穴が3つあけてあるけど、何のため?
理由が無いのにわざわざ穴あけないよね
B17だけ穴が必要な理由が思い付かないんだけど

45 :ツール・ド・名無しさん[sage]:2007/12/26(水) 09:43:50 ID:???
標準が穴あき(クッション性をあげるため)
軽量化のため革の面積が小さい(袴が小さい)スポーツモデルのみ
耐久性確保のため穴なし。

だと思うが?

46 :ツール・ド・名無しさん[sage]:2007/12/26(水) 12:33:32 ID:???
中心線上に穴が並んでるのはサドルが馴染みやすくする為の工夫だと思います。

http://unkar.jp/read/sports11.2ch.net/bicycle/1196610044

There are some small holes punched through the center of the saddle that provide airflow, which makes hot days in the saddle very bearable. The leather surface itself is plenty wide for excellent weight distribution, and the sides are shaped nicely to prevent chaffing of the thighs.

Brooks B17 Saddle | Facebook

Every place I've read anything about the Flyer S stated that it didn't have vent holes. I'm quite pleased not to have to make them myself.

http://www.brookssaddles.com/en/Shop_ProductPage.aspx?cat=saddles+-+Touring+%26+Trekking&prod=Flyer+S

(太字おれ)

 ……よくわからんね。ただ、飾りって考えはされてないようだ。足穂さん。革の変形を助けるため、あるいは通気性のため、のいずれか、もしくは両方、といったところみたい。
 というわけで、よくわからないなりに、Giantのクロスバイク乗りとは縁のなさそうな革サドルの世界をちょっと覗いたりして面白かったのだけれども、まあ変な物欲がでないうちにおしまいにしようっと。ただなんだ、タイオガのスパイダーなんかに比べると、革の方がグッとエロティックなのは確かだよね……とか。

関連______________________